1942


それまでのシューティングゲームは、立体という概念はなかった。
だが、このゲームの登場によって、2次元上の戦闘は確実に姿を変えたのである。

かつて、ゲームセンターにおけるシューティングの「上手さ」とは、二種類あった。
一つは「敵の弾を避ける華麗な運動」であり、もう片方は「敵の弾を避けなくても良いくらいに早く敵を倒す」ということである。
前者について言えば、レバー操作の上手さが命であり、それをゲーム上で再現させるのに必要なものは「スピード」であったといえよう。
後者について言えば、徹底的なやり込みによるパターンの記憶と、それに対応できる高速ボタン連打が命綱である。これをゲーム上で有効に生かすには、自機の弾のパワーアップと、攻撃範囲の拡大が必須条件であった。
これらの諸条件を満たすべく、各社のシューティングゲームは「パワーアップ」というシステムを導入した。
特定の条件において機体がパワーアップし、敵を薙ぎ倒していくカタルシスに、ゲームセンター通いの悪ガキどもは歓声を上げることになった。
ゲームセンターのシューティングは、この時から既に崩壊を始めていたと言える。
何故ならば、自分のパワーアップにあわせて敵を強くする意外に、ゲームとして成り立つ最低限の難易度を維持する方法がないからである。
所謂、敵のインフレ化を呼んでしまったのだ。
こうなった時、最早ゲームがゲームとしてバランスしていられる時間は、僅かしか残されていなかった。
それは、キャラクター性に乏しい故に「設定で客が呼べない」シューティングの、宿命的な業であったとも言えるのだ。

そんな、シューティングの黎明機に早くも始まった崩壊現象に対して提出されたアンチテーゼ、それが「1942」であった。
舞台はその名の通り、1942年の太平洋。
プレイヤーはアメリカ陸軍の名機、「Pー38ライトニング」を駆って戦場を飛び廻り、日本軍を撃滅していくのだ。
このゲームの最大の特色は、パワーアップが無い、という点にあった。
自機スピードは敵よりもやや速めに設定されているものの、弾の威力がアップすることも無く、後に定番となる画面上の敵を全滅させる兵器、即ち「ボム」も存在していない。
そのかわり、素晴らしい設定があった。
それが縦旋回、つまり宙返りによる無敵時間であった。

「ゼビウス」と言うゲームがある。
このゲームは、スクロールというシステムを大胆に取り入れ、また「中ボス」という概念をシューティングの中に自然に溶け込ませたことで知られている。
だが、このゲームの真価は、始めて立体的に戦場を捉えた点にある。
地上の敵を叩き潰す為だけに存在する兵器を導入することによって、それは革命的な成功を呼んだ。

「1942」はその流れを汲みながらも、更に進化を遂げた。
つまり、宙返りという無敵時間を有効に使うことによって、戦略的な闘い方をシューティングの中に導入することに成功したのである。
当然の事ながら、実際の戦場は全方位に拡大している。
自分がピンチの時には、生き残る為の闘い方を余儀なくされることだってある。
「1942」は、それを演出とシステムを組み合わせて実現させた、不世出のゲームなのだ。
立体的な戦場と、パワーアップなどありえないリアルな演出。
シューティングの秘めた可能性を大胆に主張し、パワーアップという安易な選択に対して、挑戦状を叩きつけて見せたのである。

やがて時間が流れ、「1942」はマニアックなファンを残して姿を消していった。
どんなに革新的で革命的な兆戦であっても、ゲームはユーザーの心を掴まなければ、何も生まない。
「1942」は、時代の巨大な流れに挑戦し、そして敗れ去ったのである。
パワーアップ系の華麗で派手な演出の前に、革命的な兆戦は終わりを告げた。
それも仕方がないとは思う。
そのかわり、「1942」の勇姿は、我々ユーザーの心に今も鮮明に焼き付いているのだ。

パワーアップによって華麗に彩られたシューティングゲームは、やがて進化の頂点で限界に達し、時代は格闘ゲームに移っていった。
俺は思う。
あの時、「1942」が姿を現した時、何故俺達ユーザーは意識改革をしなかったのだろうか、と。
俺達はあの時、選択する権利があった。
シューティングの輝かしい未来の為に、敢えて「1942」を選ぶべきだった。
ややもすると派手な演出のゲームに心奪われた自分を、俺は責めたくなる。
それは、目先の利益に捕らわれた、真のシュートゲーマーとしては失格の行為ではなかっただろうか。
今となっては、何を言っても仮定でしかない。
だからこそ、言ってみたくなることだってある。
「1942」の革命が成功していたなら、各社がその意味を真摯に汲み取れば、俺達ユーザーが意識改革をしていれば・・・。

時代の流れに敗れ去っていったものたち。
生きている者として、彼等に冥福を捧げる義務があると思い、「1942」を取り上げた次第である。


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