グラップラー刃牙
格闘漫画というものが世に出て、随分と久しい。
「空手バカ一代」、「あしたのジョー」、「リングにかけろ!」、「六三四の剣」など、このジャンルには名作揃いだ。
数が多いのだから当たり前と言えば当たり前だが、その中でも特に異彩を放つのがこの「グラップラー刃牙」。
何がどう凄いかと言うと、まずは人間の重心の位置であろう。
これまでの格闘漫画で、これほどまでに重心の位置にこだわった漫画も珍しいと思う。
これまでの漫画がおざなりだったのではない。この漫画が凄過ぎるだけである。
極端にまで表現された「捻り」と「反動」という点で、かつての漫画の絵柄を大きく引き離す説得力を持っているのである。
そして「強いこと」だけを純粋に追い求めるストーリー。
はっきり言ってしまえば、この作品のテーマはそれしかない。
ドラマの横軸も縦軸もあったものではなく、ただひたすら「強い」ということだけを、徹底して追い求める。
「強い」とはどういうことか。
「強さ」の持つ意味は何か。
「戦う」とはいったい何か。
ドラマの持つ求心力は、ただ「強い」という言葉の持つ意味だけを求めている。
登場人物のすべてが、ただ「強い」ということにのみ執着し、それだけを追い求めていく。
そこに、限りない感動と、いいしれない美しさがある。
絵柄は、お世辞にもうまいとは言えない。
背景は、アシスタントの絵柄であることが一目瞭然。
それでも、そんな細かいことなど一切気にさせない恐るべき説得力が、この漫画にはある。
男は、「地上最強」を求める。
誰もが、一度は必ず夢を見る。
この漫画は、その一点だけを極端に照らし出す。
端から見れば、エキセントリックとしか言いようのない登場人物達の常軌を逸した行動も、この漫画の中では抜群の説得力を持っている。
それは誰もが一度は見た夢だからだ。
強くあろうとする心と肉体のぶつかり合いが、限りない感動を呼び起こす。
単純に「強くなりたい」という心が、読み手の魂をも揺さぶるのだ。
戦うことで得られる充足に満面の喜びをたたえる登場人物達に、捨ててしまった自分の夢を重ねるのだ。
ストロング・イズ・ビューティフル。
作品の中で、その世界だけが輝くのだ。
他に何もない、戦うことしかできない男達の姿が、その「強い」姿が、熱く、輝かしいのだ。
ただの格闘漫画ではなく、「強さ」の持つ魔力をここまで描ききる漫画も、他には見当たるまい。
一度捨ててしまった夢だからこそ、もう一度その世界を見なおしてみてもいいのではないだろうか。
強くあろうとする魂を、せめて投影してみてもいいのではないだろうか。
そんな思いを抱かせる、「男の漫画」なのである。