〜〜ロークの風〜〜
MS−02


 ――果てなく暗い、星の海――
 その中に、一隻の宇宙戦艦があった。
 艦――カルナスの前方には、惑星よりも巨大なエネルギー体があった。
 エネルギー体は、その一点にパワーを集中し、恐ろしく巨大な荷粒子砲を艦に向けて発射した。
 艦はシールドでその一撃に耐えたが、二撃目に耐えることは不可能だった。
 そして、エネルギー体は再び一点にパワーを集中し始めた。
「回避! 急げ!」
「だめです! 間に合いません!」
 艦長――ロニキス=J=ケニーの指示もむなしく、返ってきた報告は無情なものだった。
 艦が光に呑み込まれるのと、ロニキスの右手の甲が光ったのは、ほぼ同時だった――

   ◇

 ――暗い。
 暗かった。一点の光も差さない、真の闇。
 そこに、彼はいた。
 自分が生きているのか、死んでいるのかも分からない。右も左も、前も後ろも、天も地もないその空間の中、彼はそれまでに生きてきた五十余年の年月を振り返っていた。
 そう――あれは、もう二十年も前のことだった。
 彼は、当時のことを懐かしんだ。異星の人間と知り合い、巨大な敵――惑星ロークの魔王アスモデウスや、惑星ファーゲットのジエ=リヴォース――を倒し、その事件での活躍が軍の上層部に認められ、提督へと昇格した。
 ――ラティクス=ファーレンス。ミリー=キリート。
 その時の友人の顔が、脳裏をよぎる。
「……結局、二度と会うことはできなかったな……」
 つぶやいた、その時――
 彼は、突如現れた光に呑み込まれた。

 気が付くと、彼――ロニキスは、土の地面の上に横たわっていた。
「生きて……いるのか?」
 彼は呆然とつぶやいた。周囲を見渡すと、彼と同じようにして地に伏せている五人ばかりの人間がいた。
 どの顔にも、見覚えがある。彼が艦長を務めていた戦艦のブリッジクルーたちだった。しかし、数は少ない。
「……さすがに全員は助けられなかったようだな……」
 立ち上がってつぶやき、彼は一人、この場にいない人間――自らの息子を含め――に対し、黙祷をささげた。
 やがて、倒れていたブリッジクルーが一人、また一人と意識を取り戻した。彼ら全員が目を覚ますまで、ロニキスは無言で周囲を見渡していた。
 ――山のようだった。酸素も水も太陽もあるため、生物が生きていくのに必要な条件が全て揃っている惑星だということは判断がつく。空を流れていく雲は、地球で見たそれとほぼ同一の風景であった。
 ただ、山から見下ろす風景は、どう見ても未開惑星のそれであった。このままここに居続ければ、未開惑星保護条例に違反することになるだろう。
「……?」
 その時、ロニキスは不意に懐かしさを感じた。優しく包み込むような、自然なままの風が、その懐かしさを助長させる。
「提督!」
 そのことに深く考えるヒマもなく、ロニキスは目を覚ました部下たちに呼ばれた。
「なんだ?」
「あの……説明していただけますか? 我々には、状況が呑み込めません」
「……そうだな」
 言って、ロニキスは自分の前に立つ面々を見回した。五人全員が目を覚ましている。
 彼は深く呼吸を整え、口を開く。
「……我々は、九死に一生を得たようだ」
「……?」
 ロニキスの言葉に、部下たちは目を見合わせた。彼は、続ける。
「我が艦が謎のエネルギー体の第二波攻撃にさらされた時、私は紋章術『ダークサークル』を発動させ、私も含めたブリッジクルー全員を異次元に飛ばした。……しかし、異次元から帰還できた者は、ここにいる六人だけのようだ」
 その説明に、部下たちがざわついた。ロニキスが地球人で最初の紋章術士であることは周知の事実であったが、実際に見たのは初めてだったのだ。しかし、それよりも……
「提督……本当に、生き残ったのは我々だけなのでしょうか?」
 恐る恐るといった風に、一人が聞いてくる。ロニキスは、重い扉を開くかのごとく、ゆっくりと口を開いてその問いに答える。
「……事実だ。少なくとも、ブリッジクルー以外の乗組員の生存は絶望的だ。ダークサークルで異次元に飛ばせたのは、私の周りにいた者だけだったのだ。異次元に取り残された他のブリッジクルーたちに関して言えば、わずかに可能性があるとしか言えん。我々がここにこうしていられること自体、奇跡なのだからな」
「…………」
 ロニキスの言葉に、部下たちは言葉もない。一人が、ロニキスに尋ねる。
「提督、ここはどこなのですか?」
「ここか……」
 ロニキスは再び、周囲を見渡す。
 その時――
「ひっ……!」
 ぱさっ。
 息を呑む声と共に何かが落ちる音がして、その方向に全員が目を向けた。
 そこには、現地住民らしき少女がいた。――が、服の後ろ辺りから尻尾らしき物が生えている。
「フェルプール……?」
 ロニキスがつぶやいた。
「お……尾のない悪魔……」
 怯える表情でそう言うなり、彼女は一目散に逃げ出した。
「あ!」
 部下の一人が、思わず追いかけようと駆け出す。しかしロニキスはそれを制し、足元を見やった。
 そこには、草が生えている。彼女が落としたバスケットにも、同様の草が入っていた。
(これは……見覚えがある。確か、薬草メトークス……まさか……)
 ロニキスは、みたび周囲を見渡した。そして確信する。
「間違いない……懐かしいはずだ。ここはメトークス山だったんだ」
「提督?」
 疑問の表情を向ける部下たちに向き直り、彼は静かに告げた。
「ここは……惑星ロークだ」

「……懐かしいな……」
 ロニキスは作りかけのかまどを見ながら、今日で何度目かになる独り言を漏らした。
「あの三人は、元気にしてるかな……ん?」
 彼らが焚き木を拾ってキャンプを作っていると、山を登ってくる人影が見えた。
「…………」
 しかし、ロニキスはそれを気にもしない。部下たちにも「気にするな」とだけ言って、かまどに火をつける作業に入る。
 やがてすぐに、人影が山を登頂し、ロニキスたちの前に姿を現した。ライトアーマーで身を固めた、壮年のフェルプール剣士である。
「……カーラから、『尾のない悪魔』がまた現れたって聞いたから来てみたけど……」
 剣士は、ロニキスたちを見回しながらつぶやいた。ロニキスは、彼の方を一瞥して口を開く。
「『尾のない悪魔』とやらが我々を指して言っているというのは分かるが……我々は、君たちに危害を加えるつもりはない」
「僕だって、地球人全員がそうだとは思いたくないですよ」
「!」
 剣士の言葉に、その場の全員が振り返った。彼は今、確かに『地球人』と言った……
 ロニキスは彼に、疑問をぶつけようと口を開く。
「なぜ、我々が地球……」
 しかし、その問いは最後まで続かなかった。剣士の剣が、瞬く間にロニキスの喉元に突き付けられていたからだ。
「……!」
「おとなしく帰ってください。住民たちは、あなたたちの姿を見て怯えてます。船に帰るための転送装置があるのでしょう?」
 ロニキスは、なかばその言葉を聞いてなかった。目の前の剣士の顔を、ただ見つめているだけだ。彼の言葉に答える代わりに、ポツリとつぶやく。
「まさか……ラティか?」
「え?」
 驚き、剣士は剣を引っ込めた。その目を正面から見据え、ロニキスは顔をほころばせる。
「懐かしいな……二十年ぶりか? 私だ。ロニキス=J=ケニーだ」
「ロニキス……さん?」
 つぶやくように彼の名前を言い、剣士――ラティクス=ファーレンスは、ロニキス同様に顔をほころばせた。
「ロニキスさん!? 本当にロニキスさんなんですか!? お久しぶりです! まさか、また会えるなんて……」
「私も、こんな時に会えるとは思ってなかったよ」
 部下たちが事情もわからず呆然としている中、二人は再会を喜び肩を叩き合った。
「ところでロニキスさん、また、何かあったのですか? 未開惑星扱いのこの星に来るなんて……」
「まぁな……色々あって、我々は今、帰る手立てがない。それよりも、そっちも何か面倒事が起きているようだが?」
「ええ」
 ロニキスの言葉に、ラティは頷いた。
「事情は、歩きながら話していきましょう。まずは、クラトスに来てください」

 山を下りる道すがら、ロニキスは自分たちの事情を話した。
「……そういうわけでな。地球に帰るための船なんてどこにもないのだ。今のところ、救難信号を発し続け、誰かが近くを通りかかるのを待つしかない」
「なるほど……大変ですね。でも、なんとかなるかもしれませんよ」
 ラティの言葉に、ロニキスは疑問符を浮かべた。
「どういうことだ?」
「その前に、こっちの事情を聞いてください」
 そう前置き、ラティが話し始める。
「……今からほぼ一ヶ月前になります。今では『尾のない悪魔』と呼ばれるようになっている、山賊集団が現れました。……おそらく地球人だと思いますが……確証はありません。ただ、尻尾がないこと、高度な科学兵器を操ることは分かってます。僕とミリーとドーンの見解では、間違いなく異星から来た人たちだろうということになってます――もっとも、誰かに話して信じてもらえる話ではないですがね――。彼らは無数の機械人形を操り、クラトスを始めとするこの大陸のいくつもの町や村から、金品や食料を強奪し続けています」
 そこまで説明し、言葉を切った。ロニキスは尋ねる。
「要するに……連中を退治し、彼らの船を強奪すればいいというわけか」
「そういうことです。僕も、連中の科学兵器には攻めあぐねていたところだったんですよ。拠点も分からないですしね。手を貸してくれますか?」
「もちろんだ」
 ラティの言葉に、ロニキスは即答し、後ろを振り返る。
「お前たちも、依存はないな?」
「はい」
「提督に従います」
「ラティ!」
 彼らについて来ていたロニキスの部下たちも賛同した時、前方から女性の声がラティを呼んだ。
 ロニキスが前に向き直ると、そこには中年になりたてといった感じの、まだ若さの残る女性がいた。彼女の顔に懐かしい面影を感じ、ロニキスは彼女の名前を呼ぶ。
「ミリー……か?」
「ラティ……その人、誰?」
 彼女はロニキスを見て警戒しながら、ラティに尋ねた。ラティは苦笑し、答える。
「ロニキスさんだよ、ミリー」
「え……?」
 ラティの言葉に、ロニキスを見るミリーの目が一変した。
「え? え? ええっ!? ロニキスさん!? ホントだ、ロニキスさんだ! なんでここに!? ってゆーか、なんでそんなにヒゲ生やしてるの? 分からなかったわよ!」
「僕も、最初は分からなかったよ」
 苦笑しながら、ラティも同意する。ロニキスは無言だったが、気にしたように自分のヒゲを撫でた。
「提督、そちらは?」
 後ろの部下たちが、ロニキスに尋ねる。ラティのことは、先ほど事情の説明の中で伝えたのだが、ミリーのことは省いていた。
「彼女はミリー=キリート。ラティ同様、私の古い友人だ」
「今はミリー=ファーレンスよ。……それより!」
 ロニキスの説明に補足し、彼女はラティに向き直った。
「村に……クラトスに、また連中が出てきたの! 機械人形が六体、ラティの留守を狙ってたみたい! 今はドーンとカーラが応戦してるけど、状況はよくないわ!」
「何!?」
 ラティは驚愕し、同時に走り出した。その後に、ミリーも付いて行く。
「ラティ! ……くっ、ルシア、付いて来い! あとの者は、距離を置いて後に続け!」
「はっ! 提督!」
「了解しました!」
 指示に応え、ルシアと呼ばれた女性クルーがロニキスに続いて走り出す。
 残された四人は、ロニキスの指示通り距離を置いて後を追いかけようと、その場に立ち止まってちらりと顔を見合わせた。
 ――が、その中で一人だけが、じっと背後の森を凝視していた――

   ◇

「くっ……やはり、どうしても剣が通じない!」
 機械人形――人型機動歩兵『ギジム』の装甲に剣を弾かれ、壮年の剣士は舌打ちした。背後では、まだ幼い紋章術士の少女――先ほどロニキスたちと遭遇した少女である――が、『グロース』などの補助紋章術を必死になってかけている。
 壮年の剣士の名は、ドーン。紋章術士の少女は、カーラ――カーラ=ファーレンス――といった。
 ギジムの大きさは、普通人より頭一つ分背が高いといった程度だ。ドーンの正面のそれは、彼に向かって腕を向けた。手の平にあいた穴に、白い光が集まる。フェイズガンを撃つつもりだ。
「喰らうか!」
 ドーンは横に飛び、発射されたフェイズガンをよけた。が――
「ドーンおじさん、危ないっ!」
「なにっ!?」
 カーラの声に、ドーンは横を振り向いた。そこでは、別のギジムがドーンにフェイズガンの砲口を向けていた。
 フェイズガンの発射準備は、すでに整っている。ドーンには、体勢を立て直す時間はない。
「やられる!?」
 ドーンが口にしたその時――
「空破斬!」
 声と共に、地を這う衝撃波がギジムを吹き飛ばした。ギジムたちの注意が、衝撃波の発生源に向けられる。
 そこにいたのは――ラティとミリーだった。
「お父さん! お母さん!」
 カーラが喜びに満ちた表情で、両親のことを呼んだ。
「すまない、カーラ、ドーン。遅くなった」
「待ってて。今、治療してあげるから」
 言って、ラティは剣を構え、ミリーはドーンとカーラの方に向かって紋章術を唱え始める。今しがた吹き飛ばしたギジムが、よろよろと起き上がってきた。
「いくぞ……七星双破斬!」
 叫び、ジャンプと共に剣を振り上げ、そして振り下ろす。ギジムたちとは距離が離れていたため、それは空振りであった。チャンスとばかりに、ギジムたちがフェイズガンをラティに向けるが――同時、ラティが振った剣の位置から発生した二つの衝撃波が、地を切り裂いてギジムたちに襲いかかった。
 予測不可能だった衝撃波に、二体のギジムがなすすべもなく胴体を両断された。残ったギジムは、ラティの次の攻撃を予測しようとコンピューターを働かせるが、そのうちの一体にラティが瞬時に間合いを詰める。
 万力のような爪――ヴァイスアームをラティに向けるギジム。しかしラティは、手に持っていた剣『シルヴァンス』を振るい、その腕を切り落とした。返す刃でギジムの足を払い、動きを止めたところで剣に炎の気を込める。
「ハァァァ……朱雀翔撃破ァ!」
 四聖獣奥義の一つ、朱雀翔撃破(すざくしょうげきは)――その技名を叫び、ラティは火の鳥を剣に乗せ、振るう。ギジムは超高温の炎と剣撃を同時に受け、その場にくずおれた。
 瞬間――突然、ラティが横に飛んだ。直後、今まで彼のいた地面をフェイズガンがえぐる。
「ハァッ!」
 気合一閃、ラティがその攻撃を仕掛けたギジムに間合いを詰め、剣の柄で打撃を与えて後方に突き飛ばす。
「蒼龍……」
 まともに喰らって後方に倒れたギジムに、ラティは追撃の第二撃を繰り出す。
「醒雷斬!」
 叫んで振り抜いた剣から、実体を持たない青龍の頭が飛び出し、牙をむいてギジムに襲いかかった。四聖獣奥義・蒼龍醒雷斬(そうりゅうせいらいざん)――朱雀翔撃破同様、ラティしか修得してない幻の剣技であった。
 青龍はいともたやすくギジムを噛み砕き、破壊した。だが、残ったギジムのうち一体が、ラティに背後から襲いかかる。しかも、さらにもう一体が、その後ろからラティにフェイズガンの狙いを定めていた。
(よけれるか――!?)
 ラティが回避運動にうつろうとした、その時――
「ライトニング!」
「桜花八卦掌!」
 電撃が手前のギジムを撃ち、無数の拳が後方のギジムを打ち付けた。
 電撃を喰らったギジムはショートし、拳を受けたギジムは装甲ごと内部機関を破壊されて、それぞれその動きを止めた。
「所詮は機械だ。この程度の低級紋章術でも、電気を受ければショートする」
「ロニキスさん!」
 ライトニングを放ったロニキスの姿を見止め、ラティは彼の名を呼んだ。ロニキスの後ろから、桜花八卦掌(おうかはっけしょう)を放った女性が出てくる。
「私のことも忘れないでね」
「えっと……確か、ルシアさん?」
「師匠――提督の奥さんのイリアのことは知ってるんですよね? 私は、あの人の弟子なんです。まだ未熟ですが、一応は八卦掌奥義は修得してるんですよ」
「すいません、助かりました」
 言って、ラティは二人に頭を下げた。ロニキスは周囲を見渡し、つぶやく。
「これで全部か?」
「そうですね」
 ラティも周囲を見渡し、頷いた。と――その時、周囲を取り巻く村人たちの視線が、ロニキスたちに注がれているのに気付いた。それも、好意的でない視線で……
「そういえば、我々にも尻尾はないな」
「あ……」
 思い出したようにロニキスがつぶやき、ラティは村人たちの視線の意味に気付いた。村人の一人が口を開く。
「尾のない悪魔……」
「ち、違うんです!」
 ラティは慌ててロニキスたちを弁護しようと口を開いた。
 ロニキスたちのことをラティが説明している間、他の四人が村に到着した。彼らを見て、村人の表情がさらに険しくなったが、ロニキスはそれをあえて無視し、彼らの元に向かった。
「あれは……ギジムですね」
 一人が、残骸を見てそう言った。
「やはりギジムだったか……しかし、作業用ロボットだったはずのギジムがフェイズガンを装備しているとはな。手口といい武装といい、相手はやはり、チンケなはぐれ者のようだ」
「ところで提督、お耳に入れたいことが……」
「なんだ?」
 一人が言った言葉に、ロニキスは耳を貸した。
 ラティとミリーとドーンの弁解が終わり、周囲が納得したのは、それからしばらく後のことだった――

   ◇

「よかったですね、誤解が解けて」
「感謝するよ」
 テーブルの上に出された紅茶をすすりながら、ロニキスは微笑した。
「あのままだったら、今夜は野宿だった」
「はは……ところでロニキスさん、イリアさんは元気ですか?」
「ああ、元気にやってるよ。今は、私が地球に持ち帰った紋章術を解析するため、博士として研究所にこもっているがな。……ここ二十年間で、新進の紋章術学が急激な発展を遂げているのは、ひとえにイリアのおかげだ。……にしても」
 言って、ロニキスは目の前の旧友たち――ラティとミリーとドーンの顔を見回す。
「……老けたな」
「ロニキスさんが一番老けてます」
「違いない」
 即答したミリーの言葉に、ロニキスは苦笑した。
 ラティは、紅茶を一口飲んでから、先ほどまでの話題を切り出す。
「……で。話を戻しましょうか。『尾のない悪魔』と呼ばれている地球人たちを倒さなければ、この村――いや、この大陸は、いつまでも機械人形たちの略奪の危機にさらされたままになります。今すぐに彼らの本拠地に乗り込みたいところなんですが……」
「場所が特定できないのか?」
「ええ」
 ロニキスの問いに、ラティは頷いた。
「連中がどこからやってくるのか、それが分からないんです。メトークス山の中腹辺りで虚空から現れたと言う目撃情報もありますが……まぁ、そのせいで彼らが、魔界から来た悪魔と認識されているのも事実ですけど」
「なるほどな。つじつまが合う」
「……?」
 ロニキスの言葉に、ラティたちは顔を見合わせた。
「ロニキスさん……つじつまって、何のことですか?」
「先ほど、私の部下の一人――ケインが報告してくれたのだが」
 言って、横に座る部下を見やる。その男――ケインが、ラティたちに軽く会釈をした。ロニキスが続ける。
「メトークス山の中腹で、ケインは非常に高い精度のホログラフィックスを見たと言った。実物と見分けがつかないほどに精度が高い物をな」
「ホロ……なんです?」
「ホログラフィックスだ。分かりやすく言えば、幻――蜃気楼だな。おそらく、その向こうに連中の本拠地があるのだろう。さっきの『虚空から現れた』という目撃証言も、ホログラフィックスを通り抜けただけと考えるのが妥当だろうな」
「けど、あの山には、彼らが根城とできそうなものは……」
「あっただろう」
「え……? あ!」
 ドーンの言葉を遮ったロニキスの言葉に、ラティとミリーが思い出したように声を上げた。
「メトークス遺跡!」
 二人、声をそろえた。
「我々の元にホログラフィックスを無効化する機械がないのが残念だが……昔行った事のあるところだ。手探りでもなんとかなるだろう」
「そうですね。これで、敵の居場所が特定できました。あとは、乗り込むだけです」
「そうだな」
 ラティの言葉に、ロニキスは頷いた。
「ちょっと待って」
 そこに、ミリーが割って入った。
「どうした?」
「ロニキスさん、用意するものがありますので、ちょっと待っててください」
 言って、家の奥に引っ込んでいく。
「ああ……あれか」
 言うドーンの表情は、なぜか暗い。ラティも同様だ。ややあって、ミリーが戻って来た。何かを手に持った仕草で、リビングに入って来る。
 何かを手に持った仕草、というのは比喩でも何でもない。実際、彼女は何も持ってないのだから。
「はい、ロニキスさん」
 言って、何かをテーブルの上に置く仕草をする。
「……?」
「あ、ごめんなさい!」
 頭に疑問符を浮かべるロニキスに気付き、ミリーは謝った。
「そういえば、ロニキスさんには見えないんでしたよね。これは、私たちローク人の血を染み込ませた錦糸で編んだ服なんです。相手が地球人の可能性があると分かってから、念のためにと作っておいたんです」
「なに!?」
 驚き、ロニキスはテーブルの上をまさぐった。確かに、見えない何かがそこにあった。触った感じからして、彼女の言う通り服であろう。
「提督、どういうことです?」
 事情が呑み込めていない部下たちが、尋ねてきた。
「……ローク人の血は、我々地球人にとって、非常に高い空間迷彩能力を有している。我々が見ることの出来ないこの服は、その血を染み込ませて作ったものだそうだ」
 ついでに言えば二十年ほど前、その血の効果を軍事利用しようと企んだレゾニア連合のジエ=リヴォースを倒したのが、この場にいるロニキス、ラティ、ミリーと他数名だった。
「これは、何着ある?」
 服を手探りでつまみあげ、ロニキスは尋ねた。
「全部で四着です。正直、同じ人間の血を染み込ませたような服は着たくないんですけど」
 ラティが暗い表情で言った。これに使われた血がどこから来たのか――それを考えると、その気持ちは充分分かる。特に、以前――二十年前に石化され、自らの命ごと血を回収されかけたドーンの表情は暗い。
「……出発する前に、この服を着て墓参りをした方がいいか」
「ありがとうございます、ロニキスさん」
 ロニキスの言葉に、ラティは深く頭を下げた。
「で、メンバーは……私とラティは確定として、他の二人はどうするかだな」
「私も行きます」
 言ったのは、ミリーだった。
「では、私も」
 続けてそう言ったのは、ルシア。
「俺たちは留守番か?」
「お父さん、お母さん、行くの?」
「ああ。村のことは頼む」
 ドーンとカーラの言葉に、ラティは頷いた。
「それじゃ、お前たちもここで待機だ」
「了解」
 ロニキスの言葉に、ケインを始め四人の部下たちも敬礼した。
「では、行くか」
「はい」
 そして四人、ファーレンス宅の玄関をくぐって行った――

   ◇

 ――メトークス遺跡――
 そこは、いわゆる古代の廃坑といったところだった。埋もれた宝も多いようだが、この遺跡の存在自体、人々の噂となることはなかった。それだけ、この遺跡が見つかりにくい所であったということであろう。かつてはあったこの遺跡の噂も、デマと呼ばれて歴史の中から消えて久しい。
 だが、ロニキスたちはこの遺跡のことを知っていた。以前、入ったことがあるのだ。手探りでホログラフィックスと実物を区別し、記憶の中にある遺跡に向かっている。
 全員が空間迷彩服を着ているため、ローク人のラティとミリーはともかく、地球人のロニキスとルシアには自分以外の人間が見えない。仕方なしに、ロニキスとルシアはラティの近くから離れずに、時には声を掛け合ったりもして互いの位置を確認している。
「よし、あった。ここだ」
 ラティが遺跡の入り口を見つけ、中に入る。ロニキスたちもそれに続いて中に入ると、山の風景が一転して暗い洞窟の中になった。しばらくして、暗闇に目が慣れていくと、周囲に例の武装化したギジムが数体……いや、数十体いた。かなりの数である。おそらく、警備用として配置されているのだろう。 ロニキスはつぶやく。
「……この服を着てなかったら、盛大な歓迎を受けていただろうな」
「ロボットにも見えないんですか?」
「地球の技術で作ったレーダーやセンサーにも、ローク人の血は有効だ」
 ルシアの疑問に、ロニキスは答えた。ルシアは感心する。
「……軍事利用されてしまうはずですね」
「二十年前のジエ=リヴォースのことの真相は、トップシークレットだ。地球に帰っても、他言は無用だぞ」
「分かってます。また、同じことが繰り返される可能性は大きいですからね……」
 ルシアは、ロニキスの言葉に頷いた。
「奥に進みます」
「うむ」
 ラティに促され、一行はさらに奥へと向かう。昔ながらに強力なモンスターも多数いたが、別段襲いかかってくるでもなく、いたっておとなしい。腹を空かせて襲いかかってくるのがたまにいるぐらいだ。かつての魔王アスモデウスのようにモンスターに影響を与える存在がいないのが、その最たる理由であろう。
 やがて、遺跡の最奥部に到達した。人間が寝泊りしやすいように部屋が作られ、おそらく周辺の村や町から奪ったであろう幾つものベッドに、五人ばかりの男が無防備に寝ている。
「寝てる〜……」
「呑気ね……」
 ミリーとルシアがつぶやいた。
「……相手には見えないんだ。このまま痛めつけて終わらせようか?」
「そうだな」
 ラティの提案に、ロニキスは頷いた。もともと、こんな未開惑星にロボットなどの機械を持ち込んだこの連中は、未開惑星保護条例違反以外の何者でもない。生かすにしろ殺すにしろ、どの道ただで済ませるわけにはいかなかった。
 ラティが手近な一人に忍び寄り、剣を抜く。
「待てよ」
「!」
 その時、部屋の奥から声がかかった。ラティたちが驚いて振り向くと、そこには一人の男がいた。男の背後で、尻尾が揺れ動いている……間違いなく、ローク人である。
「君は……フェルプールなのか?」
「ハイランダーだ」
 ラティの問いに、男は即答した。
 ハイランダーといえば、蛮族と呼ばれる好戦的なローク人である。アストラル大陸に軍事大国であるアストラル王国を築き、中央の山の中に王都アストラルを構築している。その麓にはタトローイという町があるが、その中心に闘技場を建てているあたりで、彼らの戦闘好きを窺い知ることができよう。
「……そのハイランダーが、地球人やロボットと一緒にいる理由はなんだ?」
 ロニキスが尋ねた。
「この星に不時着したこの連中を、俺が力ずくでねじ伏せただけだ。それで、こいつらの技術を使えばやりたい放題できる……そう思ったのさ。あとは知っての通りだ」
「簡潔だな」
「そうだな。欲しい物は奪う。それだけの簡単な説明だ。……しかし、どうやってここに来た? 見たところ、戦闘らしい戦闘はしてないみたいだが。入り口に配置していたギジムどもは、いったいどうした?」
「連中なら、今でも警備中だ」
「今の僕たちは、連中には見えないよ。ここの地球人たちにもね」
 男の問いに、ロニキスとラティは答えた。
「ふん……何をしたかは知らねぇが、つまり今、お前たちが見えるのは俺だけだってことか」
「今のところ、私たちと戦えるのはあなた一人よ。降参したら?」
「降参? 馬鹿を言うな」
 ミリーの勧告に、男は鼻を鳴らして嘲笑した。
 瞬間――
 男が、突然ラティのふところに飛び込んだ。
「!」
「反応が遅いぜ、おっさん」
 言うと同時、いつのまにか男の手に握られていた剣が、下から跳ね上がった。ラティはなんとか受け止めたが、そのまま剣ごと突き飛ばされた。
「ぐぅっ!」
「ラティ!」
 ミリーが叫んだ。ラティの姿が見えないロニキスとルシアには、何がどうなったのかはよくわからなかったが、ラティが一撃喰らったということだけは分かった。
「七星奥義と四聖獣奥義を極めた剣士だと聞いたが……歳には勝てねぇみてぇだな」
「……すごいパワーとスピードだ……ハイランダーでも、これほどの使い手はそういない……」
 のろのろと起き上がりながら、ラティがつぶやいた。
「ふん……俺の名は、ラドン=グラシス。アストラルじゃ、ちょっとは名の知れた闘技場荒らしだ。知ってるか?」
「闘技場荒らしのラドン……聞いたことのある名前だ。それが、こんなところにいたとは……」
「やりすぎて、アストラル王国に睨まれたんでね。こっちの大陸に逃げてたの……さ!」
「ぐぅっ!」
 言いながら、ラドンは再び間合いを詰め、ラティに一撃を加えた。本来ならそれだけで斬り捨てられてしまうような攻撃だったが、ラティは剣の軌道を剣で逸らし、直撃をまぬがれた。
「回復するわ! ……フェアリィヒール!」
 ミリーの回復術で生み出された妖精が、ラティの傷を瞬時に塞いだ。
「シャドウサーバント!」
 横手から、ロニキスが紋章術を放った。ラドンの足元の影が泡立ち、弾けた泡が刃となってラドンに襲いかかる。
「甘い!」
 だがラドンは、上空にジャンプしてそれをかわした。
「気孔掌!」
 ルシアの気孔の衝撃波が、ラドンの着地を狙って繰り出された。ラドンは天井の鍾乳石につかまって着地のタイミングをずらしてかわしたが、そのふところにはラティとルシアがすでに入っていた。
「ちっ!」
「はぁっ!」
「せいっ!」
 ラティとルシアの呼吸が合わさり、剣と拳が同時にラドンに襲いかかる。ラドンは剣でそれを受け止めたが、二人の第二撃が追撃をかける。
「紅蓮剣!」
「桜花八卦掌!」
 炎をまとったラティの双破斬、目にも止まらないルシアの連続突きが、それぞれラドンに襲いかかった。
 が――
 すんでのところで後方に下がったラドンには、その攻撃は空振りに終わった。行き場を失ったルシアの拳は、そのまま目の前のラティに襲いかかる。
「くっ!」
「え!?」
 ラティの姿が見えないルシアは、拳に感じた手応えに戸惑った。
「ま、まさか……ラティさん、当たったんですか!?」
「よそ見をするな!」
 動きを止めたラティとルシアに、ラドンが襲いかかる。その時、横からロニキスが紋章術を放とうと右手をかざした。
「ファイアーボール!」
「当たらねぇよ!」
 牽制のファイアーボールがラドンを襲うが、それもかわされ、無駄に終わった。
「……これか!」
 叫び、ラドンはラティとルシアの空間迷彩服を引き剥がした。そのまま、ミリーの方に走り寄り、彼女の服も引き剥がす。
「きゃぁっ!」
「ラティ! ルシア! ミリー!」
 服を引き剥がされたせいで、ロニキスの目に三人の姿が見えるようになった。しかし、ラドンは足を止めずにロニキスの方に向かってくる。
「しまっ……!」
「てめぇで最後だ!」
 なすすべもなく、ロニキスもラドンに空間迷彩服を剥がされた。ラドンは四人から距離をあけ、手に持った服を見せびらかす。
「……俺たちになくて、てめぇらにある共通点。すぐに分かったぜ。この服だろ? ギジムたちに見つからずにここまで来れたのは。これで、俺の不利はなくなったってわけだ」
「くっ……」
 簡単に見破られ、あまつさえそれを奪われた。そのことに、ロニキスたちは歯噛みした。
「おら、起きろてめぇら! いつまで寝てやがる! 侵入者だ!」
 ラドンに怒鳴られ、寝ていた男たちが起き上がる。彼らは起き抜けの寝ぼけた目でロニキスたちを見ると、寝ていた頭が一気に醒めたように騒ぎ始める。
「な、なんだ、テメェら!」
「……そ、その軍服……まさか、地球の軍属のヤツか!?」
「その顔、TVとかで見たことあるぜ。確か……ロニキス=J=ケニー提督?」
「ギジムたちを呼べ!」
 それぞれ口々に言い、ラドンとロニキスたちの間に割って入る。部屋の外からは、ギジムたちのガショガショという足音が、無数に聞こえてきた。
「提督だかなんだか知らねぇが、たった四人でここに乗り込んできたのが運の尽きだ。俺たちは法廷になんか立たねぇぜ! この星で、未開人たちを相手にやりたいように生きるんだ!」
「やりたい放題に、の間違いだろう」
 ラドンの部下となった地球のはぐれ者の言葉に、ロニキスは即座に言い返した。続ける。
「第一、お前たちはこの星の人間を見下している。ラドンの例を忘れているとしか思えない発言だったな、今のは」
「うるせぇ! 部屋の外には、何十体ものギジムが待ち構えてるんだ! テメェらに逃げ場はねぇぜ!」
「……ロニキスさん……」
 男の脅しに、ミリーは不安そうにロニキスを見た。ラティとルシアも同様だ。だが――ラティ、ミリーと、ルシアとの間には、目の中にある不安の色が違っていた。
 その意味が分かっているロニキスは、ラティに尋ねる。
「……崩れないと思うか?」
「やってみないとわかりませんね」
 ラティはかぶりを振った。表情は変わってない。ミリーも同様だった。ルシアとはぐれ者たちは、ロニキスたちの会話の内容がわからないようで、頭に疑問符を浮かべている。
「……とは言え、この数を相手にするんだ。一体ずつだと、陽が暮れるぞ」
「仕方ないですね」
「前の方は、私たちに任せて」
 ロニキスの言葉に答え、ラティとミリーははぐれ者たちに向き直る。ロニキスは一人、背後――部屋の出入り口へと向かって行った。
「提督!? まさか、一人で!? 無茶です!」
 ルシアが止める。――が、ロニキスの表情を見て、伸ばしていた手を止めた。笑っているのだ。常に冷静なロニキスが。
「下がっていろ、ルシア」
「は、はい……」
 ロニキスに言われ、ルシアは後退した。ロニキスは部屋を出て、一人ギジムたちの前に立ちはだかる。
「……この紋章を使うのも、ずいぶん久しぶりだな」
 つぶやき、詠唱を始める。洞窟の天井に、黒い雲が発生し始めた。
 その間にも、ギジムたちのフェイズガンが、ヴァイスアームが、ロニキスに襲いかかる。――だが、彼らの攻撃がロニキスに到達するより速く、ロニキスの詠唱が完了した。
「一撃で仕留める……インディグニション!」
 ロニキスが高らかに紋章術を唱えると、おそらく数億ボルトもの電圧はあろう凄まじい轟雷が、洞窟の天井に発生した雷雲からギジムたちの中心へと落下した。洞窟が揺れ動き、土煙が舞い上がり、どこかから土砂が崩れた音が鳴り響き、やがて収まる。
 ややあって土煙が晴れ、周囲の状況が分かるようになる。その時には――動いているギジムは、一体たりとてなかった。特に、群れの中心――落雷地点――には、その姿さえ消えてなくなっている。あまりの熱量に、一瞬で蒸発してしまったのだ。それを物語るかのように、そこには巨大なクレーターができていた。
「な、なんだ!?」
「ギジムたちが……一瞬で!?」
 ラティちの向こう側からロニキスの様子を見ていたはぐれ者たちが、目を剥いて驚いた。――その隙を狙い、ラティが連中の中心に飛び込む。
「衝裂破!」
 ラティが自分の周囲全てを薙ぎ払うかのごとく、大きく剣を振った。同時に発生した衝撃波が、剣の軌跡をなぞるようにラティの周囲を一回転し、はぐれ者たちを薙ぎ倒す。
「ぐあっ!」
「げふっ!」
 それぞれ悲鳴を上げ、たったの一撃で床の上に倒れ伏す。所詮、彼ら程度ではラティの敵ではない。
「ラドンは!?」
 ミリーは警戒し、周囲を見回した。しかし――さっきまでいたはずのラドンが、今はどこにも姿が見えない。代わりに、部屋の奥にぽっかりと大きな穴が開いていた。ゆうに人一人が通りぬけることができるぐらいの、大きな穴が。
 隠し通路である。
「奥だ!」
 叫び、ラティはロニキスたちを先導して奥に進む。ロニキス、ミリー、ルシアもそれに続いた。
 そして――短い通路を抜けた先にあったのは、広大と言えばあまりにも広大すぎる、ドーム状の部屋だった。中心には、巨大なロボットが石像のように鎮座している。
「ようこそ……俺の闘技場へ」
 ラドンの声が響いた。だが、彼の姿はどこにも見えない。とはいえ――彼がどこにいるのかは、予想がつく。
 ゆっくりと、ロボットが立ち上がった。
「……できれば、闘技場みたいに一対一で戦いたかったんだが……そうもいかなかったようだからな。この『ラドンスペシャル』で、てめぇら全員殺してやるぜ」
「ダサい名前」
 ルシアのつぶやきに、ロボット――ラドンスペシャルが彼女に顔を向けた。
「……死んでもそうやって軽口が叩けるかな?」
 ラドンスペシャルの外部スピーカーからラドンの声が響き、その手に握られた筒からビームソードの刃が発生する。
「衝裂破ァ!」
 叫ぶと同時、ビームソードで周囲を薙ぎ払った。同時に巻き起こった衝撃波が、ロニキスたちを吹き飛ばす。
「……ちっ」
 ロニキスは舌打ちし、空中で身をひねって後方の床に着地した。他の三人も同様に、事無きを得ている。
「面倒な相手だな」
「大きすぎますね」
「こんなに大きいの、アスモデウスやジエ以来じゃない」
 ロニキスの言葉に、ラティとミリーが頷いた。
「提督、どうします?」
 ルシアがロニキスに尋ねた。ロニキスは隣のラティに目を向け、互いにニヤリと笑い合う。
「やるしかないだろう」
 それだけ言って、ミリーと一緒に術の詠唱にとりかかる。ラティは一人、ラドンスペシャルの方に剣を構えて突っ込んでいく。
「久しぶりの強敵だ。剣士の血が騒ぐよ」
「あ……ちょっと!」
 一人残されたルシアは戸惑ったが、すぐにラティの後を追って彼の援護に回る。
「ヒャッハァ! 死ねぇ!」
 ラティとルシアを狙い、ラドンスペシャルの肩部ガトリングガンが火を吹いた。ラティとルシアは、右に左に体をかわし、その攻撃をかいくぐって接近する。
「グロース!」
 ミリーがラティに、攻撃力増強の術をかけた。ラティの剣が、わずかに白く光る。その間にも、ラティとルシアの接近は続いている。
「これならどうだ! 衝れ……」
「ハァッ!」
 素早くふところに飛び込んだラティが、ビームソードを振ろうとしたラドンスペシャルの腕を、剣の柄で強打した。一瞬動きが止まり、そのスキにルシアがラドンスペシャルの足元に飛び込む。まずは、足を崩すつもりであった。
「ハァァ……八卦掌・裏桜花奥義! 裏桜花炸光!」
 強烈な『気』をまとった拳が、ラドンスペシャルの右ふくらはぎの部分に無数に打ちつけられる。拳を打つたびに舞い散る『気』は、さながら桜の花のように見えた。
 裏桜花炸光(うらおうかさくこう)――彼女の師であるイリアが、究極の奥義として伝えた技である。『気』で武装した拳は、どんな武器より強大な威力を発揮し、敵を粉砕する。
 ――だが。
 それは、ラドンスペシャルの装甲がすこしへこんだだけで終わった。
「か……硬い!」
「このルナチタニウムの装甲が、その程度で壊れるかよ……ラドンビィィィィィム!」
 ラドンスペシャルの腹部から放たれたビーム砲が、ルシアの足元を薙ぎ払った。ルシアは後方に飛びのき、攻撃をやり過ごした。
「こんな高出力のビームまで……こんな相手、どうやって勝てって言うの!?」
「ちっ……いちいち照準が合わねぇ……」
 ラドンが舌打ちしたその時。
「インディグニション!」
「甘い!」
 先ほどギジムたちを全滅させた轟雷がラドンスペシャルを狙ったが、瞬時に張られたバリアフィールドに遮られた。弾かれた稲妻はフィールドに沿って拡散し、ロニキスたちの足元を駆け抜ける。
「ぐあぁぁぁぁっ!」
 拡散したとはいえ、元が何億ボルトもの電圧を持った稲妻だったのだ。足元にそれを喰らった人間のダメージは、かなりのものである。
「くっ……フェアリィライト!」
 とっさに、ミリーが回復術を唱えた。無数の妖精が舞い降り、全員の傷を癒していく。ロニキスが、苦々しくつぶやく。
「く……そ……まさか、戦艦のバリアフィールドまで装備しているとは……」
「このラドンスペシャルの前に、てめぇらは勝ち目なんざねぇんだよ!」
 ラドンが嘲笑した。そして――
「これで最後だ……ラドンコレダー!」
 ラドンスペシャルの両腕が開き、強烈な電撃を放とうとスパークを始める。スパークの激しさは秒単位で加速度的に増して行き、それが発射される頃の電量は、人間を即死させるには充分なものとなっているであろうことは容易に想像できた。
「ロニキスさん!」
 その時、ラドンスペシャルの足元にいたラティがロニキスに声をかけた。ロニキスはラティの目を見て、そして頷き、横にいるミリーとも頷き合った。
 ロニキスはルシアに指示を下す。
「ルシア! もう一度、裏桜花炸光だ! さっきと同じ場所を狙え!」
「りょ……了解!」
 ルシアが裏桜花炸光を放とうと、拳に『気』を溜め始める。その間、ミリーの補助術の詠唱が完成した。
「グロース!」
 先ほどラティにもかけた、攻撃力増強の術である。ルシアの両腕が、わずかに白く光り出す。
「ハァァァァ……もう一度喰らいなさい! 裏桜花炸光!」
『気』をまとったルシアの拳が、再びラドンスペシャルの足を打ちつける。先ほどとは違い、グロースで増強された威力の究極奥義は、ラドンスペシャルの装甲を一撃ごとに変形させていく。
「な……なに!?」
 ラドンの驚愕の声と同時――
 ラドンスペシャルの右足は、裏桜花炸光の最後の一撃で、まるでダルマ落としのように吹き飛ばされた。ラドンスペシャルがバランスを崩し、床に膝をつく。
「今だ!」
 続いてラティが、ラドンスペシャルの折れた膝を踏み台にして、高くジャンプした。
「七星双破斬!」
 振り上げた剣がラドンスペシャルの左肩を、振り下ろした剣が首と右胸を、それぞれ切り落とした。勢い余った衝撃波が、ラドンスペシャルの背後の壁を切り裂く。
「ば、馬鹿なぁ!」
 生身の人間に、このラドンスペシャルが倒される――その現実を受け入れられず、ラドンは思わず叫んでいた。
 着地したラティは、ルシアと共に追い打ちの攻撃を繰り出す。
「四聖獣奥義!」
 ラティとルシアの声が重なった。互いにちらりと視線を交わし、微笑して声と攻撃をそろえる。
「蒼龍醒雷斬!」
「蒼龍醒雷破!」
 剣と拳から放たれた二匹の青龍が、同時にラドンスペシャルに襲いかかる。青龍の牙に胴体を食い破られ、ラドンスペシャルがその動きを止めた。
「ロニキスさん、今です! とどめを!」
 ラティに呼びかけられると同時、ロニキスの紋章術の詠唱が終わった。彼は術の発動より前に、つぶやく。
「オーバーテクノロジーを手に入れ、悪事の限りを尽くそうとしたローク人よ。この術で異次元の闇に消えろ……ダークサークル!」
 ロニキスの手の甲が光り、ラドンスペシャルの上空に黒い穴が現れる。ダークサークルは凄まじい重力の渦を生み出し、その真下にあるラドンスペシャルを呑み込んでいく。
「あ……あ……あああああぁぁぁぁぁぁ! 負ける!? この俺が、なぜ負ける!? こんなにも凄まじい力を手に入れたのに、なぜ俺が……うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 断末魔の悲鳴を残し――
 ラドンは、その乗機と共に、異次元の闇へと吸い込まれ、消えた。
「運が良ければ、私たちのようにどこかの地平へと出ることもできよう……」
 ロニキスがつぶやくと同時、ダークサークルはその穴を閉じた。
 ドーム状のその部屋には、いくばくかの破壊の爪跡だけが残った――

  ◇

「……行くんですか?」
「ああ。地球には妻がいるし、何より……惑星エクスペルと運命を共にしたクロードを弔いたい」
 ラティの問いにロニキスは答え、背後の宇宙船――『尾のない悪魔』と呼ばれたはぐれ者たちから押収した物だ――に振り返った。船は一見しっかりと出来ているが、よく見ればところどころへこんでいる。
 場所は、メトークス山の頂上。ロニキスたちがダークサークルの異次元から生還した場所であり、なおかつ、二十年前にロニキスたちとラティたちが初めて出会った場所でもある。
 そこでロニキスとルシアが、見送りに来ているラティ、ミリー、カーラ、ドーンの四人と話している。ロニキスとルシア以外のブリッジクルーたちは、すでに中に入って船の起動準備にとりかかっていた。例のはぐれ者たちは、拘束して船の中に監禁してある。
「……こんな旧世代のボロ船だと、地球に着くのがいつになるか分からんがな」
 言って、ロニキスは苦笑した。
「ロニキスさん、この辺りは地球の軍隊のパトロール宙域なんでしょ? 救難信号をキャッチしてもらうまで、ここにいることはできないの?」
 ミリーが、頼むように尋ねた。その問いに対し、ロニキスはかぶりを振る。
「私は……一刻も早く、地球に帰って妻に息子のことを知らせたいのだよ。それに、あまり長くここに留まっていては、今度は私の方が未開惑星保護条例違反者になる」
「残念だな……俺はまだ、二十年前に助けられた借りを返していないのに」
 ドーンが、心底残念そうに言った。彼は昔、ロニキスたちに石化する病気から助けてもらったことがあったのだ。彼は、続ける。
「命の恩人に一生何も返せないのはイヤだぜ。また、この星に来てくれよ。絶対にな」
「ふふ……」
 ドーンの言葉にロニキスは苦笑した。
「分かった。それは約束しよう。またいつか、きっと会いにくる。その時は、地球に観光案内でもしてやるさ。ドーンの恩返しも、その時にな。……それに」
「それに?」
「ここの風は、科学に埋没した地球が、遠い昔に失った風と同じなのだろうな。優しく、包み込むような風だ。私は、いつかまたこの風に触れたい」
「そうですか……それはよかった。ここの風を――僕らを忘れないで、きっと来てくださいよ」
 そう言ったのはラティである。ロニキスは彼らの顔を見回し、そして答える。
「忘れないさ。忘れるわけがない。私たちは……生死を共にした仲間なのだからな」
「その言葉、信じて待ってます」
 言って、ラティは右手を差し出した。ロニキスは、その手を握る。
「ロニキスさん、ルシアさん。イリアさんによろしく言っておいてください」
「分かってるさ」
 言って、握っていた手を離す。
「またな」
「それでは、お元気で」
 その言葉を最後に、ロニキスは彼らに背を向け、宇宙船に乗り込んだ。ルシアもその後に続く。彼女は振り返り、ラティに微笑みかけた。
「……一緒に戦えたのがあなたで、楽しかったわよ」
「ルシアさんも、お元気で」
「師匠にも、よろしく言っておくわ」
 言って、彼女も宇宙船の中に消えて行った。そして、ハッチが閉まる。
 ややあって、宇宙船の下部から煙が吹き上げ、船体を上昇させる。ゆっくりと上昇し、そのシルエットがだんだんと小さくなり、やがて空の彼方へと消えて行った。
 宇宙船が消えて行った空を見上げながら、ラティとミリーのかたわらに立つカーラがぽつりとつぶやく。
「……ねぇ、お父さん……あの人たちって、もしかして悪魔を倒しに来た天使なのかな?」
「そうだね……」
 ラティは、空を見上げながら頷いた。
 どこからともなくやって来て、悪魔と呼ばれた連中を倒し、そして空へと帰って行った。彼らも、そして悪魔も、両方とも尻尾を持たず、尻尾を持つローク人とは異なる人間だった。
 翼こそないが、彼らはローク人にとって、本当に天使と悪魔と言える存在だったのかも知れない。
「また来るって言ってたよね」
「ああ。僕もお母さんも、ドーンおじさんも、あの人たちとは深い関係なんだ。あの人たちは約束は守るよ。どんなことがあってもね。あの人たちがまた来る時は、彼らの住む所に案内してもらえるんだ」
「それって……天国かな?」
「どうだろう……想像もつかないよ」
 そんな会話を続けながら――
 彼らは、いつまでも空を見上げていた。


 〜〜〜〜fin〜〜〜〜


ここから戦略的撤退を行う