痕(きずあと)
このゲームを「ゲーム」と断じてかかると、必ず痛い目に合うだろう。
これはゲームではない。
独立した、一個の、優れた小説なのである。
「ビジュアルノベル」というものをこの世に知らしめ、それを代名詞として巨大化してきたリーフの、紛れも無い最高傑作。
それがこの「痕」なのである。
だが、このゲームの本当の凄さは、ゲームシステムでもなく、CGの美しさでもない。
「ビジュアルノベル」というものの最大の武器、「読ませるストーリー」こそがその最大の特徴である。
画面を埋め尽くす巨大なフォント(文字のことね)と、それが見せる圧倒的なストーリー展開。
新たに立ったフラグメントによって、次々と明かされていく謎。
効果的に臨場感を盛り上げる音楽も極めて秀逸。
これは「ゲーム」の名を借りた、「見る小説」というべきものだ。
彼等は「ビジュアルノベル」の名の通りにストーリーに重点を置き、それを読ませる事をこのゲームの目的としたのである。
選択肢の複雑さも、ヒロイン達の好感度も捨て、全てを「ストーリーを読ませる」という一点に集約してゲームを演出しているのだ。
偉大な挑戦、と言って異論はあるまい。
この作品の前に、同じビジュアルノベル形式で、彼等は「雫」というゲームを作っている。
この「雫」は、色々な意味で実験的な部分を含んだ作品で、ノウハウを吸収していく為の過渡的な作品だった。
そこで得られたものを全て注ぎ込み、渾身の力作として世に送られたものが「痕」である。
彼等の勝負の作品だったと言って良いだろう。
そこで彼等は、不動の評価と、絶対的なユーザの支持を得たのである。
ストーリーをここで語る事は出来ない。
何故なら、ストーリーを明かすという事は、そのままこのゲームの全てを語る事になるからだ。
それは、各々が実際にプレイして、感じ取って欲しい。
そこには巨大なものを背負ったもの達の哀しくも美しい生き様と、胸を打つ感動的な絆が描かれている、とだけ言っておこう。
より客観的且つ理論的に分析すると、このゲームでは、高橋龍也氏のシナリオは現実的な整合性を一切無視し、何かに苦しむものと、それを支えようとするものとの葛藤と和解を描く事に重点を置いている。
そしてもう一つ、無意識に語られる主題、誰もが気づいていて、それでいながら言葉に出来ないものがある。
それは、「守るべきものの為に、命を捨てても戦え」という事だ。
そう言われて「な〜んだ」と思った奴、ならば聞こう。貴様には出来るか?命を賭けて、大切なものを守って戦う事が。
自分にとって何よりも大切なものがあるとき、人は命を賭けてでも戦おうとする。
理屈で知っていても、頭で考えていても、それを実践する事は不可能に近い。
そしてこの物語は、それをはっきりと悟らせてくれる、余りにも巨大な説得力を持っているのだ。
その戦いは、あるいは肉体的なものでもあるだろうし、完全に精神的なものかもしれない。
戦う相手だってはっきりしているわけじゃない。
あるいは、自分自身の弱さと向き合い、それを克服する為に戦わなくてはならないこともある。
そして自分の存在が大切なものと相反したとき、それを守る為に自分を捨てなければならないかもしれない。
その覚悟をつきつけられたとき、自分はどうするか、それをこれほど思い知らされるゲームは無い。
だからこそ、その戦いを乗り越えた者達の間には、何者にも変え難い「絆」が生まれる。
このゲームは、そんな人間深い心理までもを鋭く抉り出してくる。
高橋龍也氏の一番描きたかったものは、実はこの点だったと、俺は考える。
何故なら、誰もが生き抜く為に戦っている戦士であり、大なり小なり、日常を戦っているのだから。
高橋龍也氏はストーリーの中に、「戦え、大切なものの為に生き抜け。」というメッセージを込めたのだろう、と勝手に推測している。
自分一人の力ではどうしようもない巨大な相手と戦わざるを得ない、登場する全てのヒロイン達との心の絆を頼りに絶望的な戦いを繰り広げる主人公に自分を投影して、益々その思いを強くするのだ・・・。
この物語には、裏の主人公ともいうべき人物が登場する。
彼(とだけ限定しておこう)はその戦いに破れたものとしてストーリーに絡んで行く。
俺は、その彼が、登場人物の中では一番好きだ。
己の弱さ故に敗れ去り、生きたままただ心を失っていくその姿は、限りなく俺自身に近いものを感じる。
俺自身が彼と立場が同じだというのではなく、彼の戦いこそが、自分に一番近いと感じるのだ。
強く共感できるとでも言おうか。
己の弱さに敗れ去る姿は、いつか来る俺自身の姿かもしれない。
そうなった時、俺はどうなるだろうか。
きっと彼の姿を思い出し、再び絶望的な戦いに向かっていくだろう。
それこそがこのゲームの隠れた主題であり、メッセージだったのだから。
俺の心にこのゲームがある限り、俺は戦い続けるだろう。
心を震わせてくれた感動に報いる為に、全力で戦い続けるだろう・・・。
と、カッコよく書いてみたけど、俺にそんな深刻な精神状態なんかあるとは思えないけどね♪