月姫


基本的にここで同人を扱うのは反則と言っても良いだろう。
だが、敢えてこの禁を破ろうと思う。
それほどまでにこのゲームは素晴らしかった。

ゲームを作る作業というのはとてつもないエネルギーを要するものだろう。
そんじょそこらの連中が思いあがった挙句、趣味の延長線上で出来る代物ではないと思う。
ある者は命を削り、ある者は生活を破綻させ、ある者は社会的地位を投げ捨ててでもゲームを製作する。
その原動力は一体何処にあるのだろうか。
それは偏に「こんなゲームを作りたいんだ!!」という熱すぎる思いに集約されると思う。

冷静に、公平に考えた場合、恐らく18禁ゲームの種類の中で一番作りやすいのはこのVNタイプであろう。
高性能で扱いやすいツールが出回っているし、画力、文章構成力、そして作曲力が互いを補完しあうタイプのゲームだからである。
これは大きいと思う。
無論、だからと言って彼らの価値は寸分も下がりはしない。
むしろ評価を上げて良いだろう。
何故なら、その全てがハイクオリティであったが故に、まさにプロの仕事といっても全く過言ではない傑作を生み出す事が出来たからである。

恐ろしい事に、彼らの作り上げた世界観は余りにも完成度が高かった。
現実の側面に潜む「死」という影。
それがこれほどまでにリアルな響きを持って訴えかけてくるとは、プレイ前には予想もしていなかった。
この点こそ、彼らが最も能力を傾注した点であろう。
「死」はそれ単体では美しくない。
また、「生」もそれ単体では美しくはない
両者は決して向き合う事のない、それでいて互いがなければ存在できないもの。
登場人物の誰もが安易に「死」に逃げず、それでいて執拗に「生」に拘る事もない。
このギリギリのラインでの葛藤を凄まじいまでに描写し切ったこのシナリオは、まさに「物語」としての超一級品なのである。
そう、かつて「痕」がそうであったように。

更に、原画にも言及する必要がある。
俺は画の事は良く分からない。
この画は上手いと言われても、何処が上手いのか分からないし、これは下手と言われてもピンと来ない。
それでも敢えて言わせてもらえば、この画は上手いと思う。
キャラクターの表情の豊かさや、雰囲気を醸し出す構図。
そう言ったもののレベルの高さは誰もが感じるのではなかろうか。
とは言っても、俺も漠然と感じているだけなのだが。

残念ながら、音楽はやや弱い。
インパクトはあるものの、統一的なアレンジに過ぎて、場面を演出するにはイマイチ弱いと感じた。
まあ、それでも充分過ぎるほどのハイレベルではあるが。

これらが渾然一体となって作り上げられたこのゲーム、プレイ中はまさに「黄金時代のリーフ」を思い出させる。
そう言っても全く言い過ぎではない。
入魂のシナリオ、立ちまくったキャラクター、絶妙のバランスで全てが綴り上げられている。

特に、ヒロインたちのキャラクター性の高さは注目に値する。
5人のヒロインキャラクター全てが曰くつきである事も大きく後押しし、その存在感と説得力は群を抜いていると言って良いだろう。
キャラクターがここまで立っているのなら、その世界観が崩壊する事はまずあり得ない。
このゲームはまさにその代表格なのである。

特別な吸血鬼であるアルクェイド。
謎の多い壮絶な過去を持つシエル。
主人公と最も深い因縁を持つ遠野秋葉。
そして、互いに複雑な螺旋を描きあって生きてきた双子・琥拍と翡翠。

彼女達の生き様の集約される所は、全てが「劫深き過去」とでも言うべき物であった。
それを非力な人一人が何処まで支えきれるか、それがこの物語のもう一つの主題と言っても良い。
生と死、そして向かい合うべき過去。
彼女達は与えられた舞台の中を全力で駆け抜けて行く。

だが、それにも増して隠れていた、恐らく無意識の主題がここにはある。
それは「自分探しの旅」とでも言うべきものである。

巷での評判では、主人公・遠野志貴はカッコイイ、感情移入しやすい、と言う高い評価を得ている。
俺はやや違う。
自分が余り温厚でないせいか、或いは不穏当な感情を抱いているからなのか、志貴と言う主人公はやや弱いと思わざるを得ない。
自分に同じ能力があるなら、ここまで迷う事はないだろうな、と想像するわけである。
だが、その俺にして志貴の素性が明らかになり、過去が現在と直結していく様には震えた。
それも、ヒロインごとに徐々に明らかになっていくのである。
なんという伏線、なんという芸の細かさ、なんという高密度に織り上げられた設定。
俺が脱帽したのは、この主人公の細部に至るまで練り上げられたキャラクター性だった。

通常、物語の謎はヒロイン攻略ごとに明らかになっていく。
一人目をクリアして事の真相の半分が判明する。
二人目をクリアして、大部分が分かる。
そうして、最後のヒロインをクリアしてからくりが全てわかるようになる。
これが通常のVN方式のゲームの醍醐味だった。

このゲームは違う。
無論、事の真相は明らかになっていく。
それと同時に主人公の存在の比重がぐんぐんと増していき、壮絶で暗い過去を背負う事になるのだ。
自分が何者であるか常に迷い続けてきた主人公は、最後の最後になって漸く自分の正体をはっきりと掴む事になるのである。
事は現在だけではない。
過去があって現在があるという、至極当たり前でありながら多くのクリエイター達が切り捨ててきた事実に、極めて効果的に切り返しているのである。
恐ろしいまでのキャラ造形である。

これだけの世界観を音楽と画が補完していくのである。
傑作と言われるのも当たり前であった。

兎にも角にも、言葉で伝えるよりも実際にやるのが良い。
是非、この入魂の傑作をプレイしてみて欲しい。


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