〜ジャッジ・クリムゾン〜
優しい死神

The Second


(5)〜闇を動く者達〜
 眩しい光を放っていた太陽がゆっくりと沈んでいく。夕闇から闇へ。
しかし、都会には夜も昼もない。にぎやかな繁華街。人々の往来は止ま
ることを知らず、喧騒もまたやむことがない。眠らない街。それがこの
街に付けられたあだ名だった。人々の間を縫うように今、一人の男が歩
いている。背にはゴルフバックのような鞄を背負い、人込みの中でも人
を避けて歩くように街の喧騒の中を歩いていく。
 街の灯をさけるためか、濃いめのサングラスを夜だというのに外さず
に街を歩いていく。漆黒の髪は首筋にかかるくらいの長さ。髪が作り出
す自然のウェーブに任せたまま、これといって手を加えていないラフな
出で立ち。体格は中肉中背。特に目立つような男ではなかった。
「・・・・・・・ここか」
男はそう呟くと路地を一本奥へ入っていく。誰もそのことに気づくはず
もなく男は闇に迎えられるように進んでいった。

 喫茶「夢幻」では刹那、狗狼、茉莉の三人が店のカウンターに揃って
いた。刹那はすでにスーツを脱いでジーンズにシャツという普段着にな
っている。茉莉は薄紫のスーツ。狗狼は店にいるときのエプロン姿であ
る。三人ともカウンターに出されたPHSを見ている。
「・・・これか?」
と刹那が切り出す。無言で茉莉が頷く。PHSを取り上げて、狗狼が調
べ始める。といっても分解などではなく、外見などを見たりボタンを押
したり程度であるが。
「ふむ。これは受信専用のじゃな」
とPHSを再びカウンターに戻す。機械専門の彼に任せれば大体の事は
わかる。茉莉は再び無言で頷く。狗狼が椅子に座ると、それまで黙って
いた茉莉が口を開いた。
「昨日、私は依頼人と会うために出かけたの。とある喫茶店で待ち合わ
 せ。でも、あったのはこのPHSだけ。私が気づくとそれをまるで見
 たように電話が鳴ったわ」
 茉莉が電話に出ると、そこには音声を変えた声が聞こえた。
『新宿に麻薬を密売している男がいる。名前は多岐川昭治。この男が事
 件に関わっている。情報を求めて。お願い』
それきり切れた。番号も非通知でありわからない。だが、茉莉には一つ
の確信があった。
「この依頼人は声を変えて、芝居をしているつもりだけど【女】ね。こ
 れだけはわかったわ」
「女?」
と刹那が聞き返す。茉莉は頷く。狗狼は無言で聞いている。
「最後の部分が悲痛な声に変わったわ。女性独特のせっぱ詰まった時の
 声。そして、声を変えて低く発音しようとしても演技だと分かるくら
 い若い声。おそらく10代から半ばから20代前半ね」
茉莉は断定した。これだけハッキリと言えるのは茉莉自身久しぶりのこ
とだった。昔からこの手の仕事を引き受けてきた茉莉にとっては、変装
した者を見分けるのは得意とする分野である。
 茉莉の言葉に刹那も狗狼も頷く。謎の依頼人であるが、大体の事がわ
かったのだ。あとは茉莉が依頼人を突き止めるのを待つだけだ。
「向こうは『突き止めない』という条件を出してないわ」
とは茉莉の弁。珍しく依頼人のことを調べ始めたのは他でも無い、彼女
であった。今まで彼等は不審な仕事を何件か請け負ったが、茉莉が全て
を判断してくれているおかげで表には出ない。茉莉の感に触れた仕事は
断っているのだ。そのおかげで今まで通りの生活が保証されてきたのだ。
「それで、俺はどうすればいいんだ?」
と刹那が茉莉へ顔を向ける。狗狼も茉莉の判断を聞こうとしている。茉
莉も刹那に体ごと向き合って、揺るぎない声で伝える。
「もちろん。この仕事を引き受けるわ。刹那。仕事着に着替えて依頼人
 の指定する多岐川という男を捜して。今、情報屋さんに頼んで居所を
 捜してもらっているのよ」
刹那は右手をそっと挙げて「OK」と合図した。茉莉は今度は狗狼に向
き合った。狗狼が指示を待つ。
「狗狼。あなたは私と地下でこの事件に関する情報を集めるのを手伝っ
 て。なんか・・・イヤな予感がするのよ」
「・・・お前さんがそう言うなら放ってはおけんな」
と狗狼がエプロンを脱ぎ出す。
「できれば今夜にも、この男からは情報を取りたいわ。刹那。頼むわ」
「任せておけよ。ひさしぶりだからな。この仕事も」
「だからって、あんまり夜遅くまで頑張らないでね」
茉莉の一言に刹那の動きが止まった。顔だけ茉莉に向ける。
「なんでだ?」
「あら。あなたは今は教師なのよ。教師が遅刻なんて認められないわ」
刹那の額から冷たい汗が流れ落ちた。次第に手が震え始める。
「茉莉。一つ聞きたい」
「どうぞ」
「そういう状況で今夜中にやれと?」
「そうよ」
すました顔で告げる茉莉。刹那は震えている。
「狗狼。やっぱり今回は代わってくれ」
「お前がコンピューターを使うのか?膨大な情報をさばけるのであれば
 代わっても良いぞ」
「・・・・・・・・・・・」
自慢ではないが、刹那はコンピューターがいじれない。できないことも
ないのだが、使い慣れていない。もともと刹那は最前線の男だった。狗
狼は中衛で・・・刹那は後衛。刹那は覚悟を決めるしかなかった。
「やりゃあいいんだろ?やれば!!」
「わかればいいわ。よろしくね☆」
茉莉への少しばかりの殺意を持って刹那は地下の自室へと足を運んだ。

(6)〜記憶T〜
 喫茶夢幻の地下。そこには真紅のみが入れる隠し部屋がある。通常で
は目立たないようにカモフラージュしてあり、また入るにはセキュリテ
ィを突破しなければならない。刹那は一つ一つを確実にパスしていく。
元々は真紅専用の部屋だ。その一員である彼がセキュリティに引っかか
るような事はまずない。
 最後のセキュリティをパスし、その奥へ通じるドアを開く。
   ゴウン・・・・
重い音を残してドアが開き、真紅が誇る軍事施設が刹那を迎えた。軍事
施設といっても、通信機に弾薬庫、それに大型機器の置いてある倉庫。
普通の一戸建てが10個入るくらいの大きさである。その施設内で刹那
はロッカールームへ向かう。
「・・・また仕事だよ」
彼は胸元のロケットに向かって話す。彼には忘れたくても忘れられない
女性。彼を含めた真紅のメンバーの運命を大きく変えることになった事
件。その鍵を握る女性。
 「Crimson」と書かれたネームプレート。その前で刹那は足を
止めた。ロッカーのノブに手をかけ、少しとどまる。だが、それもすぐ
のことで一気に開け放つ。
 懐かしくもあり、様々な思い出を含んだ匂いが鼻をつく。少しばかり
の硝煙の匂い。刹那は目を閉じてそれらを感じ取っていたが、目を開く
とすぐに中に入っているモノを取り出した。闇を思わせるような深く、
重い色の黒。そのコートを取り出して、刹那は思いを這わす。
「俺は、今でも守っているよ。君との約束。君の思いを・・・・・」
そう呟き、コートを着込み始める。彼の脳裏にはかつての自分の姿があ
った。数年前、日本に来る前の刹那の姿が・・・

 彼等に求められたのは究極の能力だった。毎日のように訓練を重ね、
機械のように正確無比。そして容赦なく敵を制圧する。そのような戦闘
能力。「安息」という言葉などは夢であった。
 国連の数ある議決の中で、決して歴史の表に出なかった決議が一つだ
けある。コードネーム「モータル・メア」。世界の中でも知っている者
が手で数えられるほどという程の機密ランクトリプルSのモスト・トッ
プ・シークレット。主として、国連が絡めない状況下に置いての軍事行
動を目的としており、隊員一人で並の一個小隊に匹敵する攻撃力を持つ。
 彼等の働きはその名の通り、「殺戮の夢魔」にふさわしいモノである。
作戦成功率100%。要人の暗殺からテロの殲滅、または各国の諜報活
動等々、幅広い分野で活躍している。誰がどのように隊員を確保しに行
くのか、人員の数等の詳細は一切明らかにされていない。知っているの
は、彼等に命令を下す人物のみである。
 その隊員の中に刹那はいた。狗狼も茉莉もいたのだ。チームネームは
「エバーグリーン」。隊員の願いが込められたそのチームは、モータル
・メア内でも1、2を争う実力を持つチームであった。無論、チームと
いっても普通の軍でいう一個中隊規模はある。
「はぁ〜・・・今日も一日やっと終わった」
と訓練服を脱いで刹那はため息をついた。チーム内では最年少の兵。そ
れが刹那であった。髪の毛は伸び放題。不器用に後ろで縛り、邪魔にな
らないようにしている。
「何いってるんだ?これからミーティングだぞ」
気を抜こうとした刹那に声をかけていくのは狗狼であった。野戦服を着
込み、銃の整備をしていた。刹那、狗狼、茉莉そして5〜6人ほどでよ
くチームを組む。いわば家族のようなモノであった。
「そうよ。早くシャワーを浴びて汗を流してきてよ。ちょっと臭うわよ」
と茉莉が意地悪く微笑む。その言葉に他のメンバーが笑い出す。
「ちぇっ。わかったよ」
とふてくされながら刹那はシャワールームへ足をのばした。
「ミーティングは30分後だ。遅れるなよ」
狗狼の声に、刹那は手を振って答えて見せた。
 モータル・メアは知ってる者ぞ知る組織である。故に、普段は普通の
民間施設を装った場所の地下深くに施設を持っている。刹那達がいる場
所はアメリカ、テキサス州の外れにある小さな街である。
「警備会社エバーグリーン」それが、刹那達のチームの潜む表向きの会
社名だった。無論、関係ない一般人も働いている会社なので彼等は極秘
のルートから地下施設への移動をしている。
 会社のシャワールームで汗を流す。宿直もある警備会社なので、シャ
ワーなどの普通に生活に必要なものが揃っているのだ。地方の会社にし
ては豪華な施設が揃っているのだ。シャワールームには先に何人かの仲
間が来ていた。表の仕事、つまりは警備としての仲間である。他愛ない
世間話から、仕事の話しなどで盛り上がる。
 きっかり30分後、刹那は再び狗狼達の待つ地下施設へ戻っていた。
モータル・メアのチーム会議。エバーグリーン中隊隊長であり、警備会
社の専務でもある狗狼が仲間を見渡す。全員の顔があることを確認して
から、狗狼が口を開く。
「今日の会議には特に議題がない。つまり、世の中は平和と言うことだ。
 だが、定例の報告だけはして欲しい」
狗狼が側にいる茉莉に促すと、茉莉が立ち上がって
「アポロ小隊、報告を」
と告げる。アポロ小隊の隊長が立ち上がり、報告を始める。一個小隊の
規模は10名前後。それが5チーム。それぞれがチームごとに椅子に座
っている。民族を超えて集まっている仲間。それが刹那にとっては誇れ
る、そして頼れる仲間なのだ。
「・・・以上、報告を終了します」
と茉莉が最後に「クリムゾン」の報告を終えて着席する。狗狼は全ての
報告を聞き終えると、
「本部からの連絡もない。諸君。スクランブルが起きるまでは通常勤務
 となる。休みの者はしっかりと休んでくれ。休むのも仕事のうちだ」
と会議を締めくくった。何事もないと、会議は30分くらいで終わる。
 小隊長を部屋に残して会議は解散。狗狼、茉莉、刹那、そして各チー
ムの小隊長達は、スケジュールの確認などにはいる。
「では、今週は以上のスケジュールで動こう。くれぐれも外部に漏れな
 いようにしてくれ。以上だ」
と狗狼が会議の終了を告げる。一行は部屋をでていく。
「さて、俺は休みになるから今日はもう帰るよ」
と刹那が立ち上がる。どこか嬉しそうにしている刹那を見て、茉莉が悪
魔の笑みを浮かべる。
「またいつものとこ?羨ましいわね〜刹那君」
その言葉に刹那は真っ赤になる。
「ち、違う!!俺は別に紅葉のとこへ行くなんて一言も・・・・」
その言葉で刹那の負けが決まっていた。茉莉は勝ったと思い、得意げに
「あれ〜私は一言も『クレハちゃん』なんて名前を出してないわよ」
「う゛!?」
狗狼は苦笑いで刹那の肩を叩く。
「お前の負けだな。刹那。まあ、楽しんでこい。久々の休みなんだから」
「そうよ。あんまり女の子を待たせると嫌われるわよ」
刹那は真っ赤になりながら口をパクパクをさせている。言葉が見つから
ないようだ。だが、口では茉莉にも狗狼にも勝てないと知っているだけ
に一目散にロッカールームへ向かっていった。
「若いということはいいな〜」
と狗狼がしみじみと呟く。その姿を見て茉莉が笑みを浮かべる。
「あら。もう老けたような口調ね」
「老けているさ。アイツと比べるとな」
「それを言ったら私もそうよ」
狗狼は遠いどこかを見つめながら呟く。
「これが平和か。刹那があんなに年相応の感情を出すなんて珍しい」
「・・そうね」
茉莉もどこか懐かしい目をしていた。
 刹那は普段着に着替えて社屋を出る。同僚に出会うと軽い挨拶をして
街の中央通りに向かう。街は規模は小さいもののいつも賑わっている。
刹那は街行く人々には目もくれずに走る。目的は一つだけ。街の十字路。
そこに刹那の目指す店があった。『ナデシコ』と書かれた看板が見えて
きた。刹那はそこで走る足をゆるめて、歩いていく。
「こんちは〜」
と店の中へと入っていく。夕方ということもあり、あまり混んでいない。
『ナデシコ』は喫茶店と花屋を営んでいる。刹那はひょんなことからこ
の店に出入りするようになった。
「いらっしゃいま・・・あ、刹那さん!!」
と店の奥から元気な声が聞こえる。
「また来ちゃったよ・・・」
と刹那が照れながら言うと、声の主が奥から出てくる。長い髪を三つ編
みにし、前髪はヘアバンドで止めている。活発そうな大きな瞳、少しそ
ばかすのあとが見える少女。それがこの店の看板娘、クレハの魅力とい
えば魅力である。刹那の記憶では今年で17歳になる少女だ。
「もうお仕事はいいんですか?」
とクレハがお茶を持ってくる。日本の緑茶だ。刹那はそれを受け取って
「うん。今日はもう終わりだよ。それに俺、明日は非番だから今日の上
 がりは早いんだ」
と俯き加減に答える。カップに入った緑茶を一口飲んで、クレハの顔を
見る。クレハは笑顔で刹那に向き合った。
「へぇ〜てっきりクロウさんやマリさんに怒られてここに来たんだと思
 いました」
悪戯っぽく微笑みながら告げる彼女に刹那は苦笑した。
「俺のことは全部知っているみたいだね」
その言葉にクレハが頬を赤らめる。
「そ、そんなことは・・・・」
持っていたおぼんを胸に抱きながら答える。その反応が面白かったのか、
刹那も笑う。
「もう、笑わないでください」
とおぼんを振り上げる。刹那は両手をあげて「降参」のポーズを取る。
 刹那が知る限り、この街で日本語を話せるのは狗狼、茉莉を覗けば、
クレハとクレハの家族だけである。純血の日本人であるクレハの家族は
家族経営でこの店を切り盛りしている。刹那としても日本語で気軽に話
せるこの店が好きだった。そして、いつしか彼はクレハに淡い気持ちを
いだいていた。
「おや、刹那君じゃないか。もう会社はいいのかい?これ、試作品なん
 だがよければ感想を聞かせてくれないかな?」
と厨房からクレハの父であるユウゴが顔を出した。年齢は狗狼と同じと
聞いている。がっしりとした体型ではあるが、威圧感はなく誰にでも親
しまれそうな雰囲気を持っている人物だ。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
と刹那はユウゴの持ってきた和菓子を食べる。持ってきたのは饅頭だが、
試作品といったのでなにか他と違うモノがあるのだろう。
「どうかな?」
とユウゴが刹那を見る。刹那は饅頭を飲み込んで
「美味しいですね。これ、中に何が入っているんですか?」
と聞いた。ユウゴは笑いながら
「美味しいか。それは良かった。これはココアパウダーを使ってみたん
 だ。皮にココアパウダーを使って風味を出したのだが。よし、今度店
 にも置いてみよう」
と笑顔で奥へ戻っていった。刹那には「ゆっくりしていきなさい」とも
言っていた。クレハは饅頭を食べ、緑茶を飲む刹那を見て
「あの。一つ聞いて良いですか?」
「ん?なんだい」
「本当に日本に行ったことがないんですか?」
と聞いた。クレハが刹那や狗狼、茉莉に聞いた話では刹那の両親は共に
アメリカの企業にいて、刹那は日本にいたことがないと聞いている。
「・・・ああ。本当だよ」
と刹那は答える。確かに刹那は日本にいたことがない。しかし、それは
両親の仕事の都合ではなかった。彼が物心着いた時にはアメリカにいた
のだ。何故かと聞かれればわからない。下町の孤児院にいて、ある日お
役人が来て検査をして刹那を別の施設へ移したのだ。
 今となってはそれが「モータル・メア」に入った理由と理解している
が、なぜ日本人と判明している自分がアメリカにいたのかは未だに不明
である。刹那は親の顔を知らない。親と言える人物ならいるが、実の親
の顔を刹那は知らない。
「そうなんだ。私も生まれて少ししてからこっちへ来ちゃったから、あ
 んまり日本って国については知らないんです」
その台詞で刹那はクレハという少女が自分に興味を持った理由を知った
ような気がした。同じ日本人。しかしかつての母国のことは知らない者
同士。クレハは刹那の視線に気づいたのか、
「あ、あはは。そんなじっと見つめないでください。恥ずかしいです」
と手をパタパタと振った。
「あ、刹那さん。そういえばご注文はどうします?」
とクレハは思い出したように聞いた。
「あ、そういえば・・・」
と刹那も思い出す。何も注文していない。
「え、え〜と・・・じゃあ紅茶を。アールグレイで。それとベイクドチ
 ーズケーキをください」
クレハは注文を伝票に書き込んでいたが、やがて笑顔で
「はい。ご注文承りました。少々お待ちください」
と刹那に「また後で」と合図して店の奥へ戻っていった。
 それが、刹那と刹那の運命を変えた少女「十六夜紅葉」との日常だ
った。刹那は休みの度にこの店に通い続けた。

(7)〜始動〜
 天都美姫は駅へ走っていた。電車に乗り遅れまいと駅へ向かい全力ダ
ッシュしていた。服装は普段着である。ジーンズに男物の上着。活発的
な彼女はいつも動きやすい服装をしている。そして、その日もその恰好
は無駄にはならなかった。
「あ〜乗り遅れる〜〜〜!!って、あれ?暮内先生?」
街行く人の中で美姫はなぜか刹那の姿を見た気がした。しかし、見た目
の印象は学校で見る「頼りないドジな先生」ではなかった。闇を思わせ
るような黒地のコートを着て、サングラスをしている。まるで人目を避
けるように街の奥へ、奥へと進む。髪型も違った。撫でつけただけのよ
うなラフな髪型。そして、なによりも普段より異様に感じさせるのは、
雰囲気である。誰も寄せ付けないような冷たくて、そして身の毛もよだ
つ暗く、近寄りたくないというものを醸し出している。
「あれが暮内先生なの?他人のそら似かな〜」
と思い駅へ向かおうとする。しかし、心とは裏腹に足は刹那らしき男を
追いかけていた。男にばれないように尾行をしていく。
 刹那と思わしき男は街の奥へ奥へと進んでいく。彼は道の真ん中を通
行人に構わず進んでいるのだが、不思議なことに誰かにぶつかるような
ことは無かった。まるで空気に触れているかのように、行く方向が逆の
人間でさえ、刹那と思わしき男にぶつかることなく流れていく。
「な、なんなのよ〜〜〜あ、すみません」
と美姫は街行く人々にぶつかっては謝り、または避けて尾行を続けた。
 一方、その男は美姫の予想通り刹那であった。刹那は美姫の下手な尾
行にとっくに気づいていた。当初、人込みの中に美姫の姿を見つけたの
だが、気づきはしないだろうと無視していたのだ。けれども、美姫はこ
ちらの思惑から外れ、刹那を尾行してくる。これから仕事だというのに、
彼女は邪魔な存在以外の何者でもなかった。
(俺の姿を見られるわけにはいかない)
内心、舌打ちして刹那は歩くスピードをあげた。見られるわけにはいか
ないのだ。姿を見られたら、美姫を消さなくてはならない。それは、刹
那にとっては苦い記憶であり、もう二度と手をつけたくないことであっ
た。人込みでも歩き方によってはぶつからずに歩ける。刹那は構わずに
スピードを上げていく。
 情報屋から聞いた話しでは、問題の男、多岐川はいつも決まった時間
にとある飲み屋にいりびたっているそうだ。刹那はその時間より少し早
くその店に行き、多岐川が来るのを待ち伏せたかった。
(よりによって一番やっかいなのに会ってしまった・・・)
刹那はなぜか美姫が苦手だった。その理由は彼自身もわからない。だが、
なぜか彼女の前ではボロを出しそうになってしまう。
 それが刹那自身を苛立たせてもいる。昔、どこかで知ったような心の
感覚。しかし、それを思い出すよりも今は苛立ちが勝っていた。
「ちっ・・・確か情報屋からのリークだと、あと少しでその店だっての
 に・・・まだついてきている」
誰にも聞こえないように毒づくと刹那は人込みの中に身を潜ませた。人
と人の間をすり抜けるように歩いては、横道に入ろうとしていく。美姫
の歩調を考えて、ちょうど美姫からは死角となるような場所ばかりいく
のだ。尾行をまくにはこれが一番良い。刹那は少し遠回りになるとわか
っていながらも、美姫を巻くことに専念した。
 路地を右へ左へ。細い路地を入っては人込みの大通りを抜けていく。
とにかく美姫の目から自分の姿を隠さなくてはならなかった。幾度も道
を変えて、ようやく美姫に気配がなくなったことを確認する。
「ふぅ〜・・・」
安堵のため息とはくと、今度は気を引き締めて歩き始める。目的に店が
見えてきたのだ。刹那は、呼吸を整えて一歩一歩しっかりと歩いていく。

 男はビルの屋上にいた。夜風が髪をさらう。だが、男は風など気にし
ていないようだ。吹きすさぶ風をものともせずに、屋上の端へ向かって
歩いていく。その足取りはしっかりとして、何かをやろうとしている意
思の表れのように感じられた。
「・・・眠らない街か」
誰にともなく呟き、男は背中に担いでいたバッグをおろし、懐に手を伸
ばす。男が懐から取り出しのはタバコだった。風が強く吹く中で男はタ
バコに火をつけた。器用なもので、ライターからでる火が消えようとは
しなかった。大きく煙を吐き出しながら、男は街並みを見下ろす。
 ビルというビルのはネオンの光が灯り、これから夜を迎えようと言う
ことも忘れ、そこだけが昼間に取り残されたようだった。サングラスに
ネオンの光が反射して七色の光を醸し出す。男はしばらく無言で街を見
ていた。タバコを吸いながら、街を目に焼き付けるようにじっくりと見
つめている。
 男は左手につけている時計を見た。まだ時間はある。そう確信すると、
新しいタバコを取り出して火を移す。火が移ったことを確認すると、男
は視線を高くした。空が見える。夕闇はすでに闇を誘っており、星が瞬
いている。
「美しい月の夜に・・・添える花」
男は空を見上げながら言うと、視線を戻して持ってきたバッグを見やる。
近づいていってファスナーを開け始める。バッグから取り出したのは、
細い鉄製の筒であった。男は手慣れた様子で筒を次々に取り出しては組
立始める。迷いもなく、間違いもない。正確無比の手つきで次々と部品
を組み上げていく。
「・・・今夜も赤い花が一輪。夜の街に咲く」
そして、男は組み上がった相棒を持ってビルの端へ歩く。男が組み上げ
たもの。それはライフルだった。スナイパーライフル。狙撃をするため
だけに作られた銃。だが、男のそれは形状こそ普通のライフルだが明ら
かに違う点があった。それは、銃身が明らかに長いのだ。通常のライフ
ルの数倍の長さを持つ、特性のライフルだった。
 スコープを回して照準を合わせる。淀みない手つきで一つ一つの作業
をこなしていく。何年も苦楽を友にしてきた自身の半身というべき銃。
男はすぐに目的のものを探し出していた。男はタバコを消す。サングラ
スを外して懐にしまい込む。次にスコープを覗き込んだ男の目は、猛禽
類を思わせる目――――暗殺者の目であった。


続く


To Be Continued !!

戻る