ザ・名演 Part4


今回のお題はウィンガーのラストアルバムとなった名作、「Pull」である。
世間的な評価は低いものの、彼らが全てを吹っ切った状態で、ヤケクソとも言えるエネルギーを発揮して作られただけに、凝縮されたエネルギーを感じる事が出来る。
曲はとにかくへヴィでダーク。
全編に渡って、アコースティックギターが効果的に使われているのが特徴である。

では、曲名を挙げていくとしよう。

1:Blind Revolusion Mad
2:Down Incognito
3:Spell I'm Under
4:In My Veins
5:Junkyard Dog (Tears On Stone)
6:The Lucky One
7:In For The Kill
8:No Man's Land
9:Hell To Pay
*
10:Like A Ritual
11:Who's The One

* はボーナストラック。

今回は8曲構成ではないね。

1:Blind Revolusion Mad

この曲をアルバムの頭に持ってくるかぁ!? という、衝撃的な一曲。
イントロは2本以上のアコースティックギターと、ベースによるアンサンブルで構成されており、初っ端からダークでへヴィな雰囲気を醸し出している。
ここで既にアルバムの方向性が決定付けられているといえよう。
ウィンガーといえば、プロデューサーであるボー・ヒルの空間的でエッジを丸くした音作りが特徴的だったが、このアルバムでは生々しい、ライブを意識した音が使われている。
一分以上に渡るアコースティックのアンサンブルから、一気に強烈なエレキサウンドへ移行する瞬間のインパクトは絶大なもので、劇的なアレンジになっている。
また、ヴォーカルであるキップのメロディは抑揚自在で、楽曲のパワーに負けない素晴らしいものだ。
この曲では、特に注目したいのがレブのギター、特にリフプレイである。
単音のみで構成されたといっても良いこの曲のリフを正確なリズムで弾くセンスは、まさに職人芸の域である。

2:Down Incognito

非常に難解な曲と言って良いだろう。
ビートが効いているだけに曲のノリはあるのだが、全体的にメジャーかマイナーかの判断が難しく、またメロディラインの先読みが不可能なくらいに複雑なのである。
大胆にブルースハープを導入しているところも注目に値しよう。
ギターは抑え気味で、曲の中ではアクセント的な使われ方をしているが、非常に凝ったオーケストレーションでアレンジされているため、そのインパクトはかなり大きい。
曲としてみても、ちょっと聴くと比較的キャッチーに聴こえるあたりが曲者の一曲。
噛めば噛むほど味が出るタイプの曲だといえよう。

3:Spell I'm Under

このアルバムではNO・1の知名度を誇るバラード。
ストレートな作りでこれと言った特徴は無いのだが、それだけに非常に聴き応えのある良い曲である。
ギターのアンサンブルを利用したアレンジが秀逸。
ドラムのロッド・モーゲンステインの、重く正確なプレイもこの曲の重厚さを生み出す大きな要因となっている。
キップのヴォーカルは必要以上に熱い。

4:In My Veins

イントロのギターハーモニーは、相当ギターを練習しても再現不可能。
難易度超Aクラスである、やっぱりレブ・ビーチは上手い。
曲としては、「間」を多めに持たせたアレンジが心地よいストレートなメタル。
少なくとも、こういったタイプの曲はそれまでのウィンガーには無かった。
後半の上昇フレーズの纏り方は尋常なものではなく、バンド全体の息がぴったりと合っている事を伺わせる。
曲としては比較的キャッチーで、必要以上に凝った事はしていない。

5:Junkyard Dog (Tears On Stone)

これも、それまでのウィンガーからは想像もつかない真性のメタル。
イントロは変拍子に見せかけて、裏拍から入るというお約束系のアレンジ。
恐らくドロップDチューニングによる演奏と思われるが、半音進行を大胆に取り入れたアレンジがメタルファンにはたまらない一曲。
特にギターソロ前のフックと、ソロにおけるレブのプレイは壮絶そのもの。
後半からはアコースティックによる弾き語り調のアレンジになっているが、ここがやや冗長に感じるところが残念ではある。

6:The Lucky One

この曲でも殆どアコースティック的なアレンジがメインで、エレキは味付け程度の役割となっている。
非常に暗く、かなりダルイ雰囲気を持つ曲であるものの、聴いていて退屈はしない。
これは偏にキップのヴォーカルによるところが大きく、切々と歌い上げていたかと思えば熱唱を聴かせるという抑揚自在ぶり。
メロディ主体で作られている事がすぐに分かる。
中休みという言葉そのままの曲といえよう。

7:In For The Kill

これもゆったりとした曲調のダークな曲。
ギターのアレンジが重厚で、サビの部分ではベースとの絡みが絶妙なアレンジ。
また、ギターソロの音の並び方が非常に特徴的且つ印象的なものとなっている。
ノリとか勢いではなく、雰囲気を優先して作られたと思われる一曲だが、分析してみるとかなり細かい配慮を払った計算されたアレンジであることがわかる。
特にキップのベースラインとレブのギターの絡み方は明らかに狙ってアレンジされたオーケストレーションであり、独特の浮遊感を醸し出す事に成功している。

8:No Man's Land

打って変わって、勢いのあるロックナンバーである。
ギター、ベース、ドラム、どれもがビートを作り出すために使われており、アレンジとしてはストレートなものとなっている。
メロディラインも非常にキャッチー。
リフの刻みは重厚で、重さを演出するにはもってこいのパターンである。
ギターソロはメロディックで、すぐに憶えられる良いプレイだ。
メタルとしても王道の作りとなっており、爽快な一曲といえるだろう。

9:Hell To Pay

ボーナストラックにしなければならない理由が何処にあるのか、全く理解できないほど高い完成度を誇る一曲。
勿論、聴き応えのある良い曲である。
これもかなりストレートな曲で、取りたてて特徴的なものがある訳ではない。
しかしながら、全体の纏りを感じさせる演奏レベルは注目したいところだ。
エンディングのギターソロは中級者の練習フレースとしては持って来い。

10:Like A Ritual

重く重厚で、非常にダークな曲。
サビでのメインのヴォーカルラインとコーラスの絡みは、まさにアレンジの勝利。
バッキングが凄まじく複雑でありながら、メロディは極めてキャッチーで、彼らの高い作曲能力を感じ取る事が出来る曲だ。
注目したいのがリフのアレンジ。
ギター、ベースともに同じフレースを弾くのだが、単音でこれほどまでに重いフレーズを演出できるのは、偏に音の並び方と間の取り方によるもの。
特に間の取り方は絶妙で「ここで休符を入れるか、普通」というところで間をもたせているため、そこで「タメ」が出来ており、それが重さに繋がっているのである。
この高度なアレンジはまさに「音楽理論」の勝利であり、このアルバム全体で感じ取れる計算されたアレンジの元ともいえるものだ。
エンディングでは、ロッドが凄まじいアフリカンドラムを聞かせてくれる。

11:Who's The One

先述の通り、このアルバムは彼らの最後のアルバムとなった。
まさに「葬送行進曲」ともいえる、暗く重たいアコースティックナンバー。
どっからどう聴いてもレクイエムにしか聴こえない暗さが特徴。
とはいえ、キップの歌唱のみで引っ張るこの曲はダークな美しさも持っており、耽美的ともいえる曲である。
コーラスとメインヴォーカルラインの絡みは相変わらず絶妙。

 

■ウィンガーというバンドは非常に知的なバンドであった。
ライブでのパフォーマンスに「体を使った表現」としてバレエを取り入れるなどの工夫を凝らした、非常に計算された高度なバンドであったわけである。
しかし一方ではソウルフルな感情表現も決して忘れておらず、その両極端な部分をいかに楽曲に生かしていくかというところを常に計算していた。
この「拘り」ともいえる部分こそ彼らの最大の特徴であり、「完璧主義」ともいえる高水準のアルバムを生み出す元になっていったのである。
知的な部分と感情的な部分のバランスを常に絶妙に保つ、それこそが彼らの「名演」の最たる要因だったと思う次第である。


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