〜〜〜 由依・ザ・プレイヤー その1 〜〜〜

幸・ザ・ボス



「ところで郁未さん、知っていますか?」
「なに? 葉子さん」
「ディオが石仮面を被ったときの効果音も『ファアゴォ』なんです」
「は、はぁ……」
「つまりFARGOは石仮面のパワーを人間に与えるための宗教団体だったんですよ」
「……」
「………」
「…………」
「……………」
「………………って言うか、なんでそんなマニアックなネタを知ってるのよ? 葉子さん」
「神の思し召しです」
「………」
「…………」
「……………」
「………………」
「(マトモに答えるのが恥ずかしくて逃げたな……)」

※                       ※                       ※



 都内某所・ゲームセンター。

『遊びは終わりだ!』
『かかって来いよ……ッシャア―――ッ!!』
『このままでは終わらんぞーっ、ぞーっ、ぞーっ、ぞーっ(←エコー)』

YOU LOSE

 派手なセリフが響き画面に横文字が並ぶ。またもや由依の圧勝、これで14連勝だ。
 あ、晴香の後姿が細かく震えてる。
「由依さん、強いですね」
 呑気な声で葉子さんが言った。強いなんてもんじゃない、これはちょっと異常だと私は思う。
 前々から「ゲームは得意ですよー」みたいな事を言っていた由依だけど、まさかここまでとは。私も大概ゲームは得意な方だと思うんだけど(少なくとも晴香よりは強いと思う)、由依には全く歯が立たない。いい様に遊ばれた上、一方的にやられてしまった。まるで全ての技を読まれているかのように、圧倒的な実力差だったと言える。認めるのは悔しいけど。
 ゲームセンター初体験の葉子さんなど30秒でワンコインを失う有様。
 これが格闘ゲームのみならず、何をやっても凄いんだから恐れ入る。で、どうしてこんな事をしているかというと、要するに由依と晴香の「ゲームで勝負」という約束に付き合わされている訳である。私も、葉子さんも。
「もう一回よ! リベンジしてやる!」
 晴香がムキになって再戦を要求している。そんなに熱くなってたら、勝てるものも勝てないと思うんだけど。
「この! くそ! 喰らいなさい! 避けるなあああ!」
「あ、コツ掴みました。なんちゃって〜〜、それ!」

ビシバシボグバグベキボガ

『貰ったぁ〜〜〜!』

ドッカ――――ン

 今度は派手に乱舞系の超必殺技が決まった。完全無欠のタイミングだ。あれは絶対にかわせない。
「へっへーん、これで15連勝ですね!」
 呆然と画面を眺める晴香と、得意げに胸を張る由依。と言うか、胸を張ると貧乳であることが必要以上に強調されるのだが、口に出すと可哀想だと思うので流石に黙っておこう。
「ムッキー! ムカつくわね! 貧乳のくせに!」
 晴香が立ち上がって由依に詰め寄るが、いつもなら「貧乳って言わないで下さい!」とムキになって返してくる由依が、余裕の表情を崩さない。いつもの由依とは違う、圧倒的なオーラが見える。
「ゲームと関係ありませんよねぇ、胸の大きさは。あ、ひょっとして、ご自慢の胸に手が引っ掛かってレバー操作を誤りましたかぁ?」
 うわ、凄い挑発。
「どういう意味よ」
 晴香の声が1オクターブ下がった。これは本気で頭に来てると見た。でも由依は全く同じない。ゲームなら無敵という自負が、いつも一歩下がったところにいる由依に圧倒的な自信を与えているようだ。
「言葉通りですけど?」
 上から見下すような視線で(でも実際は身長差で見上げているんだけど)冷ややかに晴香を見やる由依。その口元は薄っすらと笑いを湛えていて、必要以上に相手をムカつかせるのに充分だ。
「あんた、死にたいワケね?」
 晴香が不可視の力モードに移行しようとしている。って、こんな所で不可視の力を発動させたら、周囲に与える被害がどれくらいになるか想像もつかないじゃない。流石に止めようとした所で、あっさりと由依が追い討ちをかけてくれた。
「あらららららら、ゲームに負けたからってリアルファイトですかぁ? 晴香さん大人気無いですねぇ」
 余裕の態度には些かの綻びも見られない。いつもの弱気で慎ましやかな由依はそこにはいなかった。
 ム ム ム ム ム ム ム ム ム ム ム

「MMMMMMMMMMMM―――――ッ!!」
 あ、晴香が壊れた。ここで切れて暴れる恥ずかしさと、今まで手下だと思っていた相手に手痛い反撃を食らった怒りとが、晴香の内心で激しい葛藤を繰り返していたに違いない。
「ま、これに懲りたら毎日カニパンを奢らせるのはやめてもらいましょうか。なにせ、勝者はあたしですからね〜」
 ここぞとばかりに晴香に待遇改善を要求する由依。なんだかんだ言っても由依はやっぱり由依で、こういう可愛いところは全く変わっていない。つーかカニパンって何よ、カニパンって。晴香も一昔前の不良じゃないんだから、パシリなんかに使ってんじゃないわよ。
 この程度なら晴香が諦めれば万事解決なのだが、どうも晴香本人はそれでは納得できないらしい。
 目まぐるしく顔色と表情を変える晴香。内心の動きが簡単に見て取れる。何となく「カメレオン」なんて単語が頭の隅に浮かんだが、本人の名誉のためと、触らぬ神に祟りなしの精神で口外しない事にした。
「晴香さん、カメレオンみたいですね」
 しかし、人間関係の疎さとマイペースに定評のある葉子さんは、あっさりと思った事を口に出した。
 キッ、と音が出そうな勢いで葉子さんを睨みつける晴香。しかし、葉子さんにケンカの矛先を変えても勝ち目は薄いという判断からか、それ以上の行動は避けたようだ。まあ、妥当な判断だと思う。
 再び由依のほうに向き直ると、晴香が何か呟いた。
「…………なら……」
「はい?」
 それは聞こえない大きさの呟きだったので、由依ならずとも聞き返した所だろう。
 そこで晴香は由依の耳を摘み上げると、思いきり口を近づけて叫んだ。
「コントロールパッドなら負けない、って言ったのよ!」
「いったぁ、耳元で叫ばないで下さいよぉ」
「煩い! とにかく、このジョイスティックが良くないのよ! 家庭用なら……家庭用ならあんたなんかに負けるもんですか!」
 晴香……それって負け犬の遠吠え…………。
「郁未、何か言った?」
「う、ううん、なんにも言ってないわよ」
 恐るべし、晴香の地獄耳。
「あらら、晴香さん、そんな事本気で思ってらっしゃるんですかぁ?」
 相変わらず小馬鹿にしたような由依のセリフが、晴香の闘争本能を刺激した、んだと思う。多分。
「当たり前よ! とにかく! あんた相手に敗北を認めたりしないわ!」
「はあ、人間諦めが肝腎なんですけどねー。仕方ないですね、晴香さんの挑戦、受けて立ちますよ」
「覚悟なさい、今度はカニパンだけじゃなくて『デクの棒』も奢らせてやるんだから」
 そんなマイナーなパン、もう売ってないよ?
「郁未、あんたの家、ここから近かったわね」
 私の内心の突っ込みをスルーして、晴香が尋ねてきた。
「え? うん、まあ近いけど」
「なら決まりね。由依、これから郁未の家で勝負よ! 文句は無いわね!?」
「ええ――――っ!?」
「望む所です、返り討ちにしてあげます!」
「ちょ、ちょっとま……」
「葉子さん、あなたにはこの勝負の証人になってもらうわ。あとでこの娘が言い逃れできないようにね」
「はい、分かりました」
「あの、私の意思と都合は?」
 弱々しい私の抗議は、
「必要無いわよ」
「そんなもの、この勝負に比べれば意味なんてありません」
「諦めて下さい、郁未さん」
 あっさりと流された。抵抗しようとする意思は一瞬で潰え去った。
 ううっ、教団内部で強靭な心と卓越した行動力を誇っていたあの頃が懐かしいわ……。

 ヒロインも 二次創作では タダの人

 お粗末。

※                      ※                       ※


 ゲーム機をテレビの前に据える。こういうのはかなり久し振りだ。随分大昔、まだ無邪気だった高校生の頃、友達数人で遊んで以来全然手をつけていなかった。
 尤も手をつける気分じゃなかったのは確かで、お母さんが死んでしまってからは尚更だ。
 私にとっては、ゲームなんかしている時間よりもお母さんと過ごす時間の方が貴重だったし、一人になってからは、自分の心に決着をつける必要があったから、ゲームなんかに手を出している時間は無かった。でも、っていう反対語を使うのは適当じゃないとは思うけど、こうやって仲のいい友達とワイワイ集まってゲーム大会をやるのは、決して悪い気分じゃない。寂しかった家の中にも活気が溢れてくるし。
 ただし、それが突発的なものだった場合、些か事情が異なる訳で。
「うっわ―――っ、前々からエッチな人だと思ってましたけど、こんなハードな本読んでるんですかぁ」
「ちょ、ちょっと、これかなり特殊な趣味だと思うんだけど……」
「……………………郁未さん、凄すぎます」
「お願いだからそれ以上言わないで」
 という訳で、昨夜使用して……じゃなかった、読んでいたレディースコミックの類が床に広げっぱなしだったのを忘れていた。これは思わぬ失態と言うヤツだった。ううっ、優等陸上美少女で鳴らした私のイメージが崩れてしまった。
 そんな精神的ショックから立ち直るため、過去は早く忘れてゲーム機をテレビと接続してたりする私。またドッペルのヤツに責められそうだけど、いちいち痛い思いはしたくないし。
 まず、居間にある大型テレビを移動し、その背後に私の部屋から持ってきた小さ目のテレビを据える。バランスは些かちぐはぐだけど、これによって対戦の雰囲気を楽しむ事ができるようになる訳だ。
「さて、今あるソフトは……こんなものかな」
 戸棚からゲームソフトを取り出して並べる。それほど量がある訳ではないけれど、そこそこバラエティに富んでいるので、多様な勝負が楽しめるはずだ。
「それじゃあ確認です。晴香さんが勝ったらあたしは『半永久的に晴香さんのパシリ』になる訳ですね」
「そうよ」
「それじゃあ、あたしが勝ったら晴香さんの魂を頂きましょうか」
 さり気なく凄いこと言ってるわ、この娘。
「はっ、どうやって魂なんか賭けるのよ?」
 呆れたように晴香が言う。言外に「あんたオカルト雑誌の読みすぎ」という言葉が露骨に見え隠れしている。突然何の脈絡もない事を言い出した由依を憐れむような目つきが痛い。
 しかし、そんな晴香の痛い目つきをものともせずに由依は不敵に笑って言い放った。
「晴香さん、あなたは既にあたしのペースにはまっているんですよッ!」
「なんですって?」
 由依の只ならぬ気配に押されたのか、晴香も怪訝な顔で聞き返す。
「ゲーセンでの先ほどの15連敗でショックだったでしょう? そして『何故』負けたのか! 未だに謎が分からない。ま…敗北を認めてはいないのですが………かなりのショックだったようですね。『魂』に隙ができましたよ、晴香さん。あなたの『魂』にちょっぴり触る事ができました……。で…触ってどうしたと思います?」
 ちょ、ちょっと待ってよ、いくらなんでもそんな非現実的な……。
「ま、まさか」
 晴香が恐る恐る上着の袖をめくると。
 そこには、晴香の腕に噛み付いている犬の頭部のみがあった。犬の生首が腕に噛みついている図、かなり気持ち悪い。
「な! なによこれええええええ!!」
 晴香が絶叫するのも無理はないと思う。私だってあんな状況になったら、とても平常心を保ってはいられないだろうし。真っ先に「も○のけ姫」という宮○アニメの1シーンを思い出した。
「それこそあたしのスタンド『ちょこ』ですよっ! 伊達にFARGOで精神鍛練してたわけじゃないです。不可視の力こそ身につかなかったけど、その代わりあたしは『スタンド』を身につけたんです!!」

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 そ、そんな無茶苦茶な。
「大丈夫ですよ、ゲーム操作にはなんの支障もありませんから」
 あっけらかんと由依は言うけど、ちょっとはこの異常な展開に気がついて欲しい。
「仕方ないわね……この勝負、本気でやるしかなさそうね」
 晴香は比較的あっさりとこの状況に順応したようだ。一通り、散らばっているゲームソフトに目を通す晴香。色々とあるゲームソフトの中から、彼女が手にとった一本は………。
「ゲームはこの『F‐MEGA』で……対戦を希望したいけど…」
「………」
 由依は答えない。まるで、『あの』セリフを待っているように不気味に押し黙っている。晴香、今ならまだ戻れるわ、早まらないで戻ってきて! せめて常識の範囲内で勝負して! そのセリフを口にしたが最後、もう戻れなくなるわよ、晴香! お願い、その場のノリと勢いだけで判断しないでええええ!!
 そんな私の内心の期待も虚しく。
「『魂』を! 賭けるわ!」
「グッド」
 賽は投げられた。このセリフによって、もう戻れない位置に私達は立ってしまったのだ。これからの数時間、二人の勝負に決着がつくまでの間、FARGOの日々よりも過酷な時間が始まる事になる。
「終わった……」
 がっくりと項垂れ小さく呟いた私の肩に、葉子さんが手を添えてくれる。
 そして。
「神の思し召しです」
「そんな思し召しヤダ」


「では、改めて確認しましょう。晴香さんが勝ったら、あたしは晴香さんの半永久パシリ認定。あたしが勝ったら、晴香さんの魂を頂いてあたしの『お友達コレクション』に加えてあげます」
 「お友達コレクション」とは、由依が自慢げに見せびらかした人形たちだ。一つ一つに人間の魂が入っているとかなんとかで、あたかも生きているかのように喋ったりする。どこかの真っ黒な大道芸人もびっくりだ。
 どうやらFARGOから無事に脱出した後、学校に戻った由衣は、自分に身についたスタンド能力を生かして友達を片っ端から人形にしてコレクションしているらしい。はっきり言ってFARGOの連中よりもタチが悪いわ。
 尤も「友達」というのはあくまでも建前で、単純に苛められっ子の逆襲かもしれない。と言うのも、良く見ると人形の手首に、カッターでつけたと思しき傷がついていたりするからだ。ただ、この娘の場合は前科があって、大好きな人間の手首を切ったりするんだから、単純に仕返しとも言い切れないけど。
 一方、晴香はそんな由依を見て全く動じる様子はない。真っ向から受けて立つ構えだ。
 この勝負、早くもテンションは最高潮になっているのだ。
 取り敢えず、中立の立場にある葉子さんがゲーム機本体にゲームソフトのカセットをセットする。随分と大昔に買ってもらったゲーム機なので、まだCDというメディアが出回っていなかったのだ。
「私の『不可視の力』で調べましたが、このTVやマシンやゲームソフトにはイカサマはありません…。世界中どこにでもあるTVゲームです」
 あ、葉子さん、そういう役どころなんだ。それじゃ私は学ランを着て帽子でも被ろうかしら。
「姉とは違います。イカサマはしませんよ」
 由依の口から「姉」という単語が出ると、思いっきり違和感を感じる事が証明された瞬間だった。それ以上に、由里さんが何をイカサマしたのか、是非教えて欲しいと思うのは私だけ?
 つーか、テレビもゲームも私のだってば、イカサマなんか仕込んでないわよ。

ピッ

 二人が同時にコントローラのスタートボタンを押す。
 画面が切り替わり、ゲームスタート画面に変わる。

エフッ!  メガァッ!
F - MEGA!!

 ド派手な3Dムービーがスタートし、気合の入ったヴォイスが鳴り響く。実を言うと、私はこのゲーム、結構好きだったりする。このオープニングの派手さがたまらないのよね、なんだかんだ言って血が騒いじゃったりする。
 テレビのスピーカーから「F‐MEGA」の解説が音声で流れてくる。

「『F‐MEGA』ハ1対1ノ対戦型カーレースバトルゲームッ!」

 毎度分かりやすい解説ね。
 その説明の通り、要するに自分のマシンを操って相手より早くゴールするという、非常にシンプルなレースゲームだ。
「フフフ、まずマシンを選んで下さい」
「A車(エイ・カー)」
「同じく」
 どうやら、由依も晴香も同じマシンで勝負するらしい。つまり、二人の技量がそのまま結果に繋がる。勝負の方法としては、分かりやすく公平な方法だと言えるだろう。
 今度はマシンの説明が音声で流れてくる。

「A‐CAR! 最高時速425キロニ達スルマデフルスロットルデ17秒カカル」

「晴香さんの好きな番号は」
「28」
「元ネタのシーンで花京院がつけてた番号ですね…」
 由依、アンタ実も蓋もないことを……。
「入力! あたしのナンバーは15番。元ネタに忠実に、と」

ピ!

 軽い電子音がして、二人のマシンのナンバーが登録された。
「次はコースを選びます」
「コースNo.1」

「コースNo.1! スタート後2000メートルノ直線ガアリ、ソシテ6ツノカーブ! ソノアト『加速トンネル』ガアル! 『加速トンネル』ニ入ルコトガデキレバ最大850キロマデ加速可能ニナル!! コースアウトハ爆裂! 4周シテ、タイムノ早イ方ガ勝利者ダッ!!」

 これで勝負の条件は全て整った。あとは二人がスタートすれば、すぐに勝負が始まる。
 うーん、なんか燃えてくるわ。
「用意はいいですか?」
「淑女ぶってないでさっさとやればいいわ!!」
 二人ともすっかり熱くなっている。テンションが必要以上に高いんだから、必然的に二人の間の空気は盛り上がっている。
 1コンを握った由依がスタートボタンを押した。

ピッ!

 二人のマシンがスタート位置についた。
 レーススタートまでのカウントダウンが始まる。
 5、4、3、2……。

タタタタタタタタタタタタタタタタタ

 軽い音がする。それは、由依がコントローラーのアクセルボタンを、細かく連打する音だ。この方法は、スタートダッシュにフルパワーをかける方法である。一方、晴香はアクセルボタンを押しっぱなしにしている。これでは確実にスタートの瞬間にダッシュの差が出る。晴香本人もスタート1秒前になって漸くその事に気がついたらしく、表情に焦りが見える。
 しかし、今からボタン連打に切り替えた所で、如何せん時間がない。

スタート!

 スタートと同時に、由依の15番が前に飛び出た。そして、すかさず開いた車間を利用して、最小限の動きで晴香の28番の前に飛び出してブロックする。実に的確で無駄のない動きだ。
「しまった、ブロックされたッ!」
 晴香の叫びが上がる。
 由依の技量を考えれば、この時点で勝ち目は9割以上なくなったと言える。何せ、コントロールミスによってできる、付け入る隙を与えない娘だ。加えて、同じ能力を持つマシン同士の対決なのだから、ますますチャンスは少ないと判断できる。
 晴香としては、早くもピンチに陥った形だ。
「甘かったですね晴香さんッ!」
 早くも勝利を確信したのか、由依が叫ぶ。
 しかし。
 相手はあの晴香である。一筋縄でいくワケがない。
 突然、晴香のマシンがスピンした。由依のマシンのすぐ真後ろでのスピンだから、由依の15番もそのスピンに巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。
「なにッ!」
 信じられない、といった表情で由依が叫んだ。
 晴香がコントローラーの十字キーを回転させるように押し、強制的にスピンさせて、それに由依を巻き込んだのだ。所謂「隠し技」にあたる禁断の技で、これを知っているという事は……。
「晴香さん、あなたこのゲームやり込んでいますねッ!」
「答える必要はないわ」
 晴香は不敵な笑みを浮かべて言った。
 そのまま二人のマシンは車止めに激突し、レースは一旦中断される。マシン自体は破壊されなかったし、コースアウトした訳でもないのでレースは続行されるが、ここで2台のマシンの動きは止まった。
 つまり、レースは振り出しに戻った訳である。
 やるじゃないの、晴香。

タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ

 今度は二人ともボタン連打でダッシュをかける。2台のマシンが同時にバックして態勢を整え、そして、一瞬の間を置いて、同時に猛烈なスピードでダッシュをかけた。心地良いエギゾーストノート(と言ってもゲーム音源なんだけど)が響き渡り、レースは再び苛烈な様相を呈し始める。
 うーん、動機とやってることは馬鹿馬鹿しいんだけど、何故か燃えてきちゃうわ。
「今度は同じですッ! 同じパワーでスタートしましたッ! 並んでいますッ!」
 あの冷静な葉子さんが興奮しているのか、いつもからは考えられないような口調で言った。なんだかんだ言っても、ゲームを始めたばかりの葉子さんにとっては、これはエキサイティングな勝負なんだろう。
 しかし。
 2人の勝負は一件互角に見えるが。
「いいえ……28番、晴香の方がアウト側になってしまったわ。このまま並んでコーナーに突っ込めば、外側の方が不利よ」
 そうなのだ。さっきのスピンクラッシュのあとすかさず態勢を立て直した二人だが、晴香はその際、アウト側になったのだ。当然の事ながら、アウト側は大きく回らなければならない訳で、その分車間に差が出る。一件互角に見える二人の勝負だが、この位置取りによって、微妙ながらも晴香が不利な態勢になっている。
「時速355…358…360…第一コーナーまであと3秒! このスピードでのコーナリングは可能ねッ! フルスロットルでコーナー突入よッ!」
 晴香が気合を入れてコントローラーを操作している。
 2台のマシンは甲高い爆音を残し、寸分の違いもなく同時にコーナーを回った。
「同時ですッ! 同じ速度で同時に曲がりました、並んでいますッ!」
 いつになく興奮気味の葉子さん。その額には薄っすらと汗が見て取れる。
 全くタイプの違う二人のゲーマーの繰り広げる闘いに、葉子さんはすっかり酔っている。無理もない、かく言う私だって、実は掌にじっとりと汗をかいていたりするんだし。
「気に入りました、晴香さんッ! 魂を賭けているというのに少しもビビらない恐怖を乗り越えたゲーム操作! あなたのように手応えのある相手じゃあないと、あたしの手首切りコレクションに加える価値がない……」
 さり気なく物騒な事をのたまう由依。魂を賭けるって、手首を切るって事とは違うと思うんだけど。
 ちらりと晴香に目をやる。晴香は無言のまま、淡々とコントローラーを操作している。

『この私が恐怖を乗り越えているだって……?』
『フフフ、ありがとう、鍛えられたからね。6ヶ月ほど前、FARGO施設内で高槻と出会って脳味噌に「不可視の力」を植え付けられた時に恐怖に対して鍛えられたからね……』
『あの時………高槻に出会った時、正直言って私はビビったわ…。足が竦んで身体中の毛が逆立ち全身が凍りついた…………高槻を見て動けない自分に気付き「金縛りにあっているのね」と思うと、ますます毛が逆立つのが分かったわ……。胃が痙攣し胃液が逆流したわ、反吐を吐く一歩手前よ!』
高槻はそんな私を見ながらこう言った……しかも優しく子供に言い聞かせるように。
「巳間くん、恐れる事はないんだよ、気持ち良い事をしよう」
私は自分を呪う!
それを聞いて私はホッとしたのよ…。正直言って心の底から安心したのよ……………。
まだまだ生きられるんだ!
そう思ったわ。
しかし……屈辱だわ…許せない!
これ以上の屈辱は無かったわ……自分が許せなかった……。
ヤツに精神的に屈した自分を呪った!
記憶喪失のフリをしていた理由もそれよ!
二度とあの時の惨めな巳間晴香には絶対に戻らないッ!
由衣、あんたをパシリにするために闘うのもそれが動機よ!
だからこのゲームでこの巳間晴香に精神的動揺による操作(コントロール)ミスは決してない! と思って頂くわッ!

「……なんてことを考えているんでしょうか、晴香さんは」
「葉子さん、それはちょっと苦しいと思う。こじ付け過ぎ」
「やはり郁未さんもそう思いますか。自分でももうちょっと捻りが欲しいかと思っていたので……」
「あんたたち、人の頭の中勝手に想像してんじゃないわよ!」
 勝手な事を言い合っていた私と葉子さんに、晴香が怒鳴り声を浴びせた。見ると、既にレースは第4コーナーまで通過していた。依然、全く同時に2台のマシンがコーナーを曲がっている。互角の勝負のままだ。
 そのまま、2台とも一気に第5コーナーも曲がった。
「同時ですッ! 全部同時に曲がっていますッ!」
 葉子さんが拳を握り締めている。
 文字通り、手に汗握っているのだろう。
「……………………………くうう、晴香さんこいつ…」
 思いもよらない苦戦に、由依の額に汗が浮かぶ。
 うめくようなそのセリフが由依の内心の焦りを表しているが、それでも全くコントロールをミスしないところが凄い、純粋にそう思う。
 そして、加速トンネルに入る直前の、第6コーナー。
 2台のマシンは同時にコーナーを曲がり、そのままお互いにアタックをかけた。ガシガシと突き出たホイールがぶつかり合い、お互いのマシンが激しく動揺している。加速トンネルに先に入る権利を得るため、相手にプレッシャーをかけているのだ。
 加速トンネルは、その名の通りマシンのスピードを倍にまで加速させる。先にこのトンネルを抜けた方が先に加速する訳だから、車間はそこで大きく広がる事になる。となれば、先にトンネルに入った方が勝負を決める事ができると思って間違いない。お互いの力量が殆ど互角なのだから、先にこういう飛び道具を手に入れた方が圧倒的に有利になるのは自明の理だ。
 しかし、トンネルの幅はあくまでもマシン一台分、並走する事は不可能だ。
 従ってトンネルに先に入る権利を相手に与えないため、激しいバトルが繰り広げられている。
 ふと由依を見た。
 由依は、落ち着き払って、不敵に笑っている。その態度に思わず背筋が寒くなった。
「気づいていないようですね晴香さん! あたしに押し勝つつもりですか? あなたの28番のパワー残量数値を見て御覧なさい……」
 目をパワー残量のゲージにやると、晴香の方が残量が少ない。これが由依の自信に溢れた態度の根拠になっていた訳だ。パワーは相手の車と激突したりすると減っていく。晴香がスタート直後にスピンで由依のマシンに自分のマシンをぶつけたため、その分僅かにパワー残量が減っているのだ。
 直後、晴香のマシンが由依のマシンに押し負け、トンネルへの入り口のコースから外れた。このままだと、晴香のマシンはトンネルの入り口の壁に激突する。
 しかし。

グワン!

 予想すらしていない事が起きた。晴香のマシンが突然傾き、そのままトンネルの壁を走行する形で、由依と同時にトンネルに飛び込んだのだ。空前絶後のウルトラCだ。
「ぬぬう! トンネルの壁に突っ込ませるとはッ!」
 流石の由依も、これには度肝を抜かれたらしい。余裕の表情は跡形もなく消し飛んでいる。
「依然同時ね……………気の抜けないレースだわ」
 呟くように晴香が言った。その表情には今までのような焦りや昂ぶりはない。
 今、明らかに精神力では、晴香が由依を圧倒していた。
 互角のまま、勝負はトンネル内部へと持ち越された。

ガシン、ガシン、ガン、ガシ

 マシン同士がぶつかり合う音が鳴り響く。由依が思い切った手段に出たのだ。
 立場としては僅かながらも有利にあるはずなのに、全く晴香を振り切る事ができない由依は、トンネルを並走する晴香のマシンに対して積極的な体当たりを仕掛け始めた。普段、相手を追い詰めてミスを誘い、そこに付け込むことで勝利してきた由依が、こういった強行手段を取るとは、かなり珍しい事だ。それだけ由依は晴香からのプレッシャーを感じており、同時に精神的な部分でじわじわと追い詰められ始めているのだ。
 晴香はそれに対して無理に抵抗しようとはせず、相手からのプレッシャーを自然に受け流す形で対応している。MAXスピードを維持したままで細かいコントロールを心がけ、トンネルの壁に激突しないようにしているのだ。
「パワー残量が少なくなっても構いません……ここは晴香さんより百分の一秒でも早くコーナーを曲がり、千分の一ミリでも最短コースを通り、一瞬でも早くトンネルを出る事です……。何故なら! この加速トンネルを出た瞬間に速度は2倍の850km/hまで先に加速できるから、車間距離もその時広げられます! 先に出た方が相手をブロックできるッ!」
 自分に改めて言い聞かせるかのように、由依が解説を入れる。
 由依の言っている事は正しい。先にトンネルを出れば、相手の車よりも早く速度を上げることができるのだから、車間距離は当然広がる事になる。そして、二人の技量が互角である以上、一度広がった車間距離は、もう狭まる事はない。
 つまり。
「この勝負はトンネルの出口で確実に決まるッ!」
 と、いう事だ。
 やがて、マシンがぶつかり合う音と、甲高い排気音だけを残して画面が暗転した。見えているのは、トンネルの壁に埋め込まれている、小さな光源のみ。
「あ…あの、どうしたのです!? 画面が暗闇になってしまいましたよ! マシンが見えませんッ!」
 この演出に虚を突かれた葉子さんが、晴香に話しかけた。
「ここから先は暗闇のトンネルを突き進まなくてはならないの……しかも八ヵ所のカーブと地雷原が一ヵ所、キャノン砲が一ヵ所あり、闇を抜けるとすぐ出口を飛び出るのよ!」
「何ィ―――ッ!? 見えないのにどうやって425km/hのスピードで突き進むんですかーッ!?」
 葉子さんの疑問はもっともだ。かく言う私も、このトンネルで何度も泣いたものだ。
 しかし。
「ミスると壁に激突する! しかし身体でコーナーを曲がるタイミングを覚えているわッ!」
 自信たっぷりに言い放ってから、晴香はちらりと由依に視線を向けた。
「勿論、由依もね」
「……………」
 対する由依は無言。
 ここから先は、視覚を封じられた二人が、聴覚やその他の感覚を研ぎ澄ませてプレイしなくてはならない。徐々に言葉数が減っていく。それに比例するように、場には緊迫した空気が張り詰めていく。

カタ、カタ、カチ
クオ――ン

 テレビのスピーカーからはマシンのエンジン音が流れ、時折、コントローラーを操作する軽い音がそこに混じる。見ている私たちは、皆無言のまま。呼吸の音さえしない。
 空気が、触れれば切れそうなほどに尖っているのが分かる。

クォオ―――ン

 マシンの排気音が変化した。
「コーナーを曲がった音ね……」
 思わず呟いていた。

クオ―――ン

 やがて規則的な排気音に戻る。二人のマシンは全くトラブルを起こす事なく、順調に走行しているようだ。
 再び、部屋の中は静まり返った。1秒がこれほど長く感じるのは、実に久し振りだ。陸上をやっていた頃、トラックを駆けている時だって、ここまでの緊張感はなかったのではないだろうか。

クオ―――ン
クオ―――ン
クオ―――ン

 ひたすらに単調な排気音のみが続く。
「どうなってるんですかッ!? どこを走ってるんですかッ!? どっちが速いんですかッ!?」
 緊張感に耐えかねたように、葉子さんが口走った。
 同時に。
「キャノン砲ッ!」
 叫んだのは誰だろうか。
 画面の中央、トンネルの遥か先に、三本の筒を持ったキャノン砲が、床を割って上昇してきた。マシンの進行方向の、ちょうど真正面。これをかわさなければ、キャノン砲の直撃を受けて、マシンは強制的にリタイヤを余儀なくされてしまう。
 二人の手元が同時に動いた。キャノン砲の軸線からマシンをずらし、スピードを利用して壁に乗り上げたのだ。そのまま、2台のマシンはトンネルの壁を、ヤモリのように貼り付きながら突き進む。
 直後、キャノン砲が発射された。

チュド―――ン

「ああ!」
 思わず葉子さんが叫んだが、その理由はすぐ分かった。
「今! 一瞬だけ! キャノン砲の光でマシンが見えましたッ! 28番が後ろでしたッ! 晴香さんの方が一瞬『遅く』走っていましたッ!」
 そうなのだ、キャノン砲から発射された火球がマシンの近くを通過する際に、二人のマシンを一瞬暗闇の中から浮かび上がらせたのだ。
 ホンの一瞬の出来事に過ぎなかったが、今まで何も見えず、状況が全く分からない状態に置かれていた私たちの方は、その一瞬に全神経を集中して見ていた。だから、そこで互角と思われていた晴香のマシンと由依のマシンの間に、僅かとはいえ差ができている事に、ショックを受けたのである。
「体当たりが功を奏したようですねッ! パワーは少なくなりましたが、やった甲斐がありました!」
 勝ち誇るかのように由依が言った。
 対照的に、晴香のほうは額に玉のような汗を浮かべている。
 これで、俄然勝負の行方は由依が有利に傾いた。トンネルはもう終わりである。あとは先に飛び出た方が一気に2倍のスピードに加速するのだから、勝負は決まったも同然だ。
 画面に、トンネルの出口が現れた。飛び出る!

ドッヒャァア

「ああ! やはり由依さんの方が速いです! 車体1台分速いですッ! と…いう事は速度が2倍になる訳だから車間も今以上に広がり完全にブロックされますッ!!」
「速度が2倍になりますッ! あたしの勝ちです!」
 葉子さんの実況に続いて、由依の勝利宣言。
 しかし!!
「いいえ! パワー残量はあんたの方が少ないわ由依、という事はッ!」
 晴香のマシンがスピンした。スタート直後、由依のマシンを弾き飛ばした、あのスピンだ。

バゴオォオン

 時速850km/hでスピンした晴香のマシンは、パワー残量が少なくなっていた由依のマシンを、コースの外にまで弾き飛ばした。そのまま晴香のマシンは減速し、無事にコース内部で停止した。
 信じられない。
 トンネル内部では晴香が圧倒的に不利だと思ったのに、こんな隠し技を持ってたなんて。まさに一発逆転劇、この瞬間を、晴香は虎視眈々と狙っていたのだ。
「パワーが少ない方が吹っ飛ぶッ! 私の28番に体当たりしたことによって、パワーが減ってもいいと思ったのが間違いのようね。あんたをここでコースアウトさせるために、ワザと1台分遅らせたのにあんたは気づかなかった」
 トンネル内部で、由依が体当たりをかけてきたとき、晴香が抵抗を避けていた理由がこれでハッキリした。
 凄い、凄いよ晴香!
 今度こそ由依も敗北を認めただろう、と思って由依を見て、私はぞっとした。
 由衣は底冷えするような、冷たい笑顔で、
「そうかな…気づいていないのは晴香さんの方です……。パワーを減らしたのは計算なのです…ワザと減らしたんですッ! 晴香さんにあたしの車をコースの外へ押し出して貰うためですッ!」
「!?」
 晴香の表情が強張った。
「これからですッ、勝負がつくのはッ! 見て下さいッ! あたしのマシンが飛んだ方向をッ!」
 それは、悪夢としか言いようのない光景だった。弾き飛ばされ、コースアウトした筈の由依のマシンはゆっくりと宙を舞い、谷間を飛び越えて、向こう側に走っているコースの先に着地したのだ。
 その場の全員が言葉を失った。
 悪魔の業だ。こんな作戦を立てるだけでも信じがたいのに、その上それを成功させてしまう由依は、最早ゲームの神などではない。ゲームの悪魔だ、人知を遥かに超えているとしか言いようがない。
「ば…馬鹿なッ! コースを飛び越えるなんてッ!」
 搾り出すように晴香がうめいた。
「そう、普通はできません。たとえ850km/hの加速をつけてもコースアウトすれば地面に激突です……。とても隣のコースまでは届きません……。しかし…晴香さん! あなたに弾き飛ばしてもらえればできます…弾き飛ばしてもらえればね! ワザとパワーを減らしてあなたにヒットさせたのはこのあたしの作戦なんですよ」
 その発想自体が既に想像の範疇を大きく飛び出している。
 コースを辿るだけの勝負ではお互いに決着がつけられないと判断したのは、由依も晴香も同じだ。そこで、相手を自分の作戦に引っ掛けることを考えた所も同じ。だが、晴香があくまでも「相手を脱落させる」事を考えたのに対し、由依は「相手を利用して優位に立つ」ことを考えたのだ。そして、躊躇いなくそれを実行した。
「さてと! レースを続行しますか晴香さん……」
 晴香の表情は強張ったままだ。そして、その表情には、未だに受けたショックが残されて…って、まずい!
「敗北を認めるんじゃあないわ! 晴香!」
 私が叫んだ時にはもう遅かった。
 晴香の首筋に由依のスタンド「ちょこ」の牙が食い込むのが、はっきりと見えた。そして、晴香の身体から「ちょこ」に引き摺り出されるように、魂が抜き取られていくのも。
 晴香は、このレースで敗北を認めてしまったのだ。
「掴みました…『魂』を…今…。負けを自分で認めたんです…。フフフ、もうレースをしても無駄だと心の中で認めたんです。しかし晴香さん、ここまであたしに冷や汗をかかせたのはあなたが初めてです………………」
 ハァハァと息を切らせながら、疲れ切ったように由依が言った。
 事実、由依は疲れ切っているのだろう。精神的に物凄いプレッシャーをかけられ、技量の上でも互角の戦いを強いられる事になったのだから。この勝負が始まるまでは、難なく晴香に勝てるものだと由依は思っていた筈だ。ゲーセンでの勝負の結果から考えれば、それが当然の結論と言えるだろう。
 しかし、事実は思いもよらぬ苦戦であり、全能力を注いでの勝負になった。それだけに、晴香の魂を得てできた人形は、由依にとって最も価値の高いものとなる。
「この人形は、あたしのコレクションの中でも特に価値のあるものとなりました。この女は恐怖を克服した精神力の持ち主で……精神力の弱さによるミスを犯さなかった、初めての対戦相手でした。大切に保管して可愛がるとしましょう………」
 言わんとするところは分かるが、納得はできない。
 由依は勿論私の友達だけど、それを言うなら晴香だって大切な私の性奴、じゃなくて友達だ。一人占めして可愛がるなんて許せない、晴香は私のものなんだから……じゃなくて、人形にしてしまうなんて許せない。いくら由依が友達とはいえ、これはもうきついお仕置きが必要だ。
 だけど、実際問題、迂闊な事をする訳にはいかない。力尽くで何とかしようとしたら、人形に閉じ込められた魂がどうなるか、分かったものじゃない。つまり、手詰まりと言える状況なのだ。完全に由依のペースに巻き込まれてる。
「うぐぐぐぐぐぐ」
 思わず唸ってしまう。葉子さんも口には出さないけど、かなり内心は荒れてるみたいだ。
「おっと…激昂して私への攻撃は止めて下さいと忠告しますよ……。いや、攻撃だけじゃありません…もし、このあたしがバナナの皮で滑って頭を打ったり、チューインガムを喉に詰らせたり、ポップコーンの空き袋のパン! と割れる音で心臓マヒで死んだとしても………………、この晴香さんの魂は、えいえんのせかいに飛んで行くことになります」
 くっ、こちらの内心を見透かしたような由依の言葉だ。ならば、こちらも覚悟を決めなくてはならない。
 腹を括った私は、由依に核心となる質問をぶつけた。
「つまりこういう事ね? 『晴香の魂はあなたを倒さない限り戻ってこない…………』」
「Exactly(その通りでございます)」
 いいわ、やってやろうじゃないの。晴香との甘い関係……じゃなくて、友達としての時間を取り戻せるなら、魂だってなんだって賭けてやるわ。その上で由依にもキッツイ「お仕置き」を…………いけない、想像しただけで身体が熱くなっちゃう、って、悶えてる場合じゃなかった。覚悟なさい、由依。今夜は寝かさないんだから(晴香共々)。
 私はコントローラーに手を伸ばそうとして、そして、葉子さんがそれを握っている事に始めて気がついた。
「ちょっと葉子さん! 何を握ってるのよッ! 私が由依をやっつけるッ! 次は私よ!」
 すると、葉子さんは凄く冷たい目で私を見た。初めて葉子さんと会った頃、食堂で取りつく島もなかったあの頃に近かった。
「郁未さん、あなたはこの中のTVゲームを一つでも晴香さん以上にやった事がありますか?」
 ううっ、確かにさっきまでの晴香のあの凄まじいプレイを見た後だと、大見得切って「やった」とは言えない。ゲームなんて、あくまでも友達との付き合いの範囲でしか嗜んでいないし。あれほどの執念と技術でプレイできるかと訊かれれば、答えは残念ながらノーだと言わざるを得ない。
 そこへ持ってくると、葉子さんのゲームにかける執念は凄い。
 FARGOを出た後は財産をはたいて家庭用ゲーム機を購入し、毎日鬼のようにプレイし続けているらしい。ゲームセンターでは不覚を取ったものの、あくまで慣れていないからだ、と強弁されれば、それ以上こちらも突っ込めない。
 葉子さんのゲームにかける思いというのは、実に10年以上の思いが詰っていると言ってもいい。FARGO内部で葉子さんにあげた携帯用ゲーム機、あれから始まって、葉子さんは失った時間を必死で取り戻しているのだ。その重みがあれば、或いは由依のテクニックに勝てるかもしれない。
 冷静に考えてみると、ここにあるゲームの大半が自分がやりたくて買った物じゃなく、かつて相田君から貰った物ばかりでろくに手をつけてないものばかりだし。正直、私の勝算はかなり低いだろう。そして、そう判断している事自体が、ますます勝ち目を奪っていく。
「相田君って誰ですか、郁未さん」
「昔の郁未さんの彼氏ですよ。郁未さんに襲われて、そのショックで別れたと言うか逃げて行ったそうですが」
「ちょっと! 勝手に頭の中を読んで勝手なこと言わないでよ!」
 痛い…とても痛い……、じゃないってば。なんで考えてる事が読めるのよ。私はどこぞの男子高校生とは違うから、考えてる事を口に出したりはしないわよ。
「とにかく引っ込んでて下さい郁未さん……。自慰や不純異姓交友とはワケが違います」
 ぐっ、か、関係ないじゃない、それは。
 精神的ダメージを受けた私を置いて、二人は話を進めていく。
「次は野球です。この野球ゲームであなたとの対戦を希望したい……」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 二人の間に緊張感が走る。
 世界その物が揺らぐような効果音があたりを埋め尽くしている。二人とも、激しくやる気だ。
「私の魂を賭けましょう」
「グッド」




   ※次回予告

   ゲームの達人・名倉由依と、豪快なパワーと精密さを誇る「不可視の力」を操る鹿沼葉子の対決。
   全くタイプの違う二人の勝負の火蓋が遂に切って落とされる。
   由依の隠されたスタンド能力とは!?
   ゲーム歴の浅い葉子に勝ち目はあるのか!?
   そして郁未の主人公としての面目は保たれるのか!?
   捕えられ、人形となってしまった晴香の命運は!?
   郁未の密かな野望・ハーレムナイトは無事に訪れるのか!?

   次回「由依・ザ・プレイヤー その2」


   キリコは、心臓へと向かう針


 

ここから戦略的撤退を行う