〜〜〜闘将! 先行者!!〜〜〜

幸・ザ・ボス


 日本で一番有名で、一番人気のあるテキストサイト「待塊」の運営者である腱は、その日の午後、久し振りに秋葉原での買い物を楽しんでいた。「日々之ネタ」の生活を繰り返してきた彼にとって、平穏な休日は宝石よりも貴重な物なのだ。
 麗かな小春日和に誘われ、東京中に生息する電脳世界の住人達が、同じような格好で同じような目的を持ってこの街に集まってくる。
 腱の買い物は順調だった。マシンスペックを大幅に上げるための部品を、ばら売りしている店で捨て値同然に買い取る事が出来た。更に、その筋での超有名人である彼には店主が媚を売るようにサービス攻勢をかけてくるため、不要な物も含めて、予定以上に買い物を済ませる事が出来たのである。
「流石に疲れたな、一休みするか」
 腱は一人ごちて、辺りを見まわした。視線の先に喫茶店があることに気が付く。取り敢えず骨休めの意味もあって、腱はその喫茶店に足を向けることにした。


 優雅に琥珀色の液体を楽しむ腱の携帯が、突然鳴った。良く見慣れたその番号は、彼の大学の友人からのものであった。
「モシモシ?」
「おう、腱、相変わらず元気そうだな。就職は決まったか?」
「余計なお世話だ。それより何の用だ?」
「ああ、例のロボットについて取材したいって連中が大学に来たんだ。お前が居ないからって、友人の俺にお鉢が回ってきたんだが、俺は何も分からないからって追い返したんだよ。お前、今何処に居る?」
「秋葉原で優雅にティータイムを楽しんでる。それにしても、また“先行者”関連か…勘弁して欲しいな」
 そう、腱のホームページが異常な人気を呼んだ原因が、その「先行者」と呼ばれる謎のロボットについてのテキストであった。
 腱はネットサーフィンにおいて偶然にその画像と記事を見つけ出した。それは中国が4000年に渡って積み重ねてきた技術を投入した、新型のロボットであった。その画期的ともいえる外観は、まさに中華の誇りを感じさせる、威風堂々としたものであった。
 だが。
 その使用目的、マシンスペック、果ては重量から全長までが、すべて謎に包まれた存在なのである。腱はそれを推測し、おもしろ半分に解説を絡めて書いてみた。それが予想以上の反響を呼び、まさかの1日12万HITに及ぶメガサイトになる原因となったのである。
 しかし、禍福は糾える縄の如し。
 良い事ばかりではないのが世の常というものだ。
 これだけの人気を博した「先行者」についてのテキストがヒットしたあと、まるで核反応のように批判も相次いだ。
 古くからテキストサイトを運営している人たちからは辛辣な意見があり、また、先行者以外の記事が面白くないと言った、心無い誹謗も寄せられた。
 更に、押し寄せる取材攻勢も頭痛の種だった。
 腱はあくまで一般人でありたかった。だが、状況はそれを許さず、周りが彼を何か特別な物にしようとしているように動いていたのだ。正直なところ、腱は疲れ切っていた。
「一介の大学生なんだがなあ……」
 腱はぼんやりとティーカップを握りながら、ぼんやりと呟く。
 そんな彼を、店の外から観察する3人の男たちがいることに、彼はまだ気がついていなかった。


 山手線を降り、私鉄に乗り換えて家路を急ぐ。既にあたりは夕暮れの様相を呈していた。
 思ったよりものんびりしすぎてしまった。就職活動に追われる身としては、たまにのんびりしても罰は当らないものの、新規採用の面接に対する傾向と対策の研究を怠る訳にはいかないのだ。大学生とは、なかなかに苦労が多い存在でもあるのだ。
 腱は家までの最短距離を選び、近所の公園を突っ切ることにした。
 夕闇の中、カラスが鳴いている。遥か遠くに、家に帰る子供たちの声が響いている。全てが赤く染まった世界で、そこはかとない郷愁に囚われる腱。
(俺もあれだけ無邪気に生きられれば……)
 遠ざかっていく子供たちの声を聞きながら、腱は思った。
 その時だった。
 突然、木陰から二人の男が現れ、腱の行く手を塞いだ。反射的に腱は立ち止まった。
 2人は只ならぬ気配の持ち主で、尋常とかまともとか普通といった単語の意味する所とは、180度違う世界の住人である事は即座に分かった。そして、2人が標的としているのが自分だという事も。
 言葉でコミュニケーションを取る事は不可能そうだった。
 腱は回れ右をして駆け出そうとして、それを途中で止めた。何時の間にか、彼の真後ろにももう一人の男が居たのだ。
 自分がこんな連中と関わり合いになるとは想像もしていなかった腱にとっては、それは不意打ちだった。言葉を彼が発するよりも早く、2人の男が腱の左右の腕を捕らえた。
 身体が竦んだ。
(殺される!)
 反射的に腱は思ったが、声は出なかった。
 目の前の男は腱の目の前に立つと、重々しく訊ねた。
「腱さん…ですね?」
 ちょっと不自然な日本語の発音から、彼らが生粋の日本人ではないことが分かった。男はコートの内ポケットから、何やら手帳と未分証明書のような物を取り出した。今の日本では使われていない漢字が、そこには書かれている。
「我々は中国内務省公安部特別捜査室の者です。貴方にお尋ねしたい事が幾つかあります、ご同道願いましょうか」
 柔らかい口調でその男は言った。だが、それがあくまで表面上の物に過ぎない事は、その猛禽のような目が雄弁に語っている。
 拒む事は、そのまま身体への危害を意味している事は、彼でなくとも理解できただろう。丁寧な物腰から発せられる、圧倒的な威圧感。
 腱は唾を飲みこみ、それから頷くしかなかった。


 目隠しをされ、腱が連れて行かれたのは古い倉庫であった。
 途中の道のりは全く覚えていない。公園の前に停められていた黒塗りの高級車の中に閉じ込められ、左右を大柄な男たちに押さえられると、即座に彼は目隠しをされたのである。
 車中では、彼らは一言も喋らなかった。腱も一言も発することはなかった。
 生きた心地がしない。
 そんな、じっとり掌の内が湿るような時間が過ぎ、車を降りた時は、見たこともない倉庫の中だった。
 男たちは、彼らが何故日本国内で秘密裏に行動できるかの内幕を語った。
 現在、日本国内における中国人密航者の摘発は、中国公安当局と日本の警察機構の連携によるところが大きい。男たちは、表面上、その関係で日本に入国したのである。つまり、名目上は、日本の警察機構との協力態勢を謳っている訳である。
 だが、真の目的は違った。
 密航者の中には、中国国内での軍事機密を握って亡命を希望する者もいる。男たちが標的とするのは、この手の連中であった。彼らを連れ戻したり、或いは秘密裏のうちに消したりするのが彼らの帯びている使命なのである。
 それは理解できたが、腱が彼等に拉致されたうえ、尋問される理由は無い筈であった。
 その事を腱が彼らに伝えると、男たちは冷笑してから言った。
「それはすぐに分かりますよ、貴方が中国についたらね」
「中国に着く?」
「我々は貴方を中国に連行します。あとは我々の同志がその理由を貴方に教え、貴方への詳しい尋問を行うでしょう。我々がすべき事はただ一つ、貴方から中国行きの了承を得る事です。力尽くでもね……」
 男の瞳が怪しい色彩を帯びている。口元は薄っすらと笑ってはいるが、それが返って爬虫類のような不気味さを醸し出していた。
 腱は、脊髄に氷の棒を突っ込まれたような錯覚を覚えた。
 もしもここで腱が意地になって中国行きを拒否すれば、この男たちは迷わず彼をバラすだろう。そして、夕飯の時には腱の顔すら忘れているに違いない。
 それでも、腱は一言言わずにはいられなかった。
「そ、そんなことをしたら国外への拉致じゃないか。日本政府が黙っている訳は無い」
 すると男たちは愉快そうに笑った。
「その心配は無いんですよ、腱さん。何故なら、これは外交上、既に黙認された話なのですからね。貴方の身柄は、我々に限って自由にする事が許可されています」
 それを聞いて、腱は底無し沼に飲み込まれていく感覚を味わった。つまり、腱は日本政府の手によって、中国公安に売られたのだ。
 たかだか一介の市民とは言え、それを易々と許容した日本政府に、彼は怒りよりも恐怖を覚えた。非力な一般市民が対抗できない、強大な権力の動きを彼は感じた。地面が不意に喪失したような浮遊感に襲われ、眩暈にも似た感覚を味わう。
 売られた、という事は、自分が戻るべき場所へ二度と戻って来れない、という意味だ。
 絶望的な表情になった腱を見ながら、男は冷たく言い放った。
「同行して頂けますね?」
 それは確認の形をした、宣言であった。
 力無く腱は頷いた。
 全てを失った彼には、それだけが残された選択肢だったのだから。


 中国は、思っていたよりも遥かに近代的に整備されている国だ。
 確かにイメージに描く通り、自転車が大軍で押し寄せ、かなり原色に近い色彩で彩られた建物が目立っている。公園では太極拳、街角には甘栗の露天。
 しかしそれは、勝手なイメージでは決して捉えられなかった人間味を感じさせた。豊かな文化と、今を謳歌する人間の鼓動があった。腱は自分が置かれた立場も忘れて、その文化にただ圧倒された。
 車中から見る中国、しかしそれは、日本国内から見える中国とは全く違う物だったのである。
「凄い……」
 世界有数の巨大都市、北京。
 東京や横浜などとは違った、独特の臭いがそこにはあった。
「……ふん」
 腱の左側にいる男が不機嫌そうに呟く。
 どうやら、この男はあまり彼に好意を持っているようには思えない。
 日本を発ってからここまでの旅で、腱は大体彼らの腱に対する感情と、自分がどういう態度でいればいいのかを理解していた。彼に求められているのは、想像していたような恐怖の尋問とその回答ではなかった。単純に言って、彼らは腱の護衛という立場に近いようだった。
 勿論、気を許す事は出来ない。
 もしも脱走などを試みるようであれば、間違いなく彼らは腱を消しにかかるだろう。
 そして、彼ら合計4人の、腱に対する態度も決して同じものとは言えない。腱の左に居座る男は明らかに腱を快く思っていない。右側に座っている男は無口ながら、腱に対しては何かと世話を焼いてくれている。運転手をやっている男は中立、と言うところらしく、あまり腱に関わろうとしない。
 その一方で、リーダー格の男は得体が知れない。感情が読めないのである。尤も、素人に感情を読まれるプロというのもかなりお粗末な話ではあるが。
 しかし、最も多く腱とコミュニケーションを取っているこの男が一番得体が知れないというのは、やはり腱にとっては不安要素ではあった。どうやら楽観ではなく、自分が最終的に殺される事はなさそうだ、とは 思えてきたものの、この先に何が待ち受けているのかというのが全く分からない。
 所詮一介の学生に過ぎない上に、小市民的発想を旨としてきた彼にとっては、今の状況を受け入れる事は仕方ないとしても、積極的に楽しむ気には到底なれなかった。
(ネタだらけの人生を送ってきたつもりだったけど……これは今までも飛びっきりのネタだな)
 溜息混じりにケ・セラ・セラ。
 何やら詩のようなものが頭に浮かんだが、当分の間サイトの更新は出来ない。ネタの持ち腐れになりそうであった。


 やがて、車はある高層ビルの地下にある駐車場へと滑り込んだ。どうやら長旅は終わりになったな、と他人事のように腱は考えた。
「さあ、降りて頂きましょう。ここから先は、あなたの身柄の管理は我が同志、公安副部長・張の管轄となります。紹介致しますので、ついて来て下さい」
 リーダー格の男はそう言って、駐車場に取りつけられたエレベーターのボタンを押した。
 ここまで来てしまったら腹を括るしかない。腱はその後に続いた。


 エレベーターは地下へと向かっている。B1というランプまでの間に、幾つもの丸印が存在した。
 どうやら、自分がかなり地下深くまで招かれている事だけは、これで判明した訳である。

 チ――ン

 間抜けな音がして、エレベーターはストップした。扉が開き、男の背について歩き出すと、そこはなにかの司令室のような趣だった。
 例えて言えば、戦隊ヒーローものの司令室。
 唖然とする腱だったが、左側の男に腕を引っ張られ、無理矢理歩かされた。
「余所見をするな」
 左側の男は、声まで不機嫌にしてそう言った。
「……全く、何でこんな日本人が……」
 男はそう呟いたが、腱の視線を感じるとソッポを向き、後は一言も喋らなかった。
 司令室の中には、モニターのような物や、コンピューターのような物がぎっしりと集められており、そのひとつにとつに人が貼りついて忙しく働いている。中国語独特のイントネーションで早口にやり取りが行われていたが、勿論腱には意味が分からない。
 やがて、リーダー格の男は、突き当たりの扉の前で停止した。
 コンコン、とノックする。
「同志・張、件の人物を案内してきました」
 驚いた事に、それは流暢な日本語のままであった。
 腱は、てっきりここから先は中国語でのやり取りが行われる物だと信じて疑っていなかった。何故なら、ここから先こそが彼らにとっては「本番」であって、最早腱に気を使う必要もないからである。むしろ、聞かれたら拙い話だってある筈なのだが。
「……ご苦労だった、同志・劉。入りたまえ」
 返って来たのも流暢な日本語であった。驚きの連続であったが、そんな中でも、腱の頭の芯の部分は、リーダー格の男の名前が劉であるという事だけは認識した。
「失礼します」
 そう言って劉は扉を開けると、頷くゼスチャーで腱に部屋に入る事を促した。
 ごくり、と唾を飲み込み、腱は一歩を踏み出した。彼の視線の真正面には、サングラスで表情を隠し、机に肘を付き、顔の前で両手を組んだ、初老の男がいた。
「……ようこそ、中国へ」
 公安副部長・張は、重々しい声で彼に言った。


 そこは思っていたような、警察の取調室のような部屋ではなかった。強いて言えば、大学の教授が、個人で使う研究室に似ている。本棚には大量の資料と書物が並び、部屋の中央には、重厚な木製のテーブルが置いてある。その周りには柔らかそうなソファ。壁には、かなりの高級品と思しき、誰の作とも分からない巨大な絵画が飾ってある。
 意外であったが、張は躊躇うことなく腱にソファを勧めた。同時に、今まで彼の周りにいた3人の男が退室し、劉だけが部屋に残った。
 腱はやや躊躇いつつもソファに腰をかける。
 同時に、張が話し始めた。
「君の事は噂に聞いている。我々の諜報部にも、君のサイトのファンがいてね。仕事と偽って更新を楽しみにしていたりするもので、正直困っている」
「……」
 いきなり辺り障りのない話題で、腱は戸惑った。もっと核心に迫る話から始まると考えていただけに、この対応に意表を突かれっぱなしなのだ。
「はは、我々が日本語を喋れるのが不思議かね?」
 張の質問はやや的外れではあったが、腱が知りたいと思うことには間違い何ので、
「え、あ、はい……」
「ふむ、尤もな疑問であると同時に愚問でもある。何故なら、我々の父の世代の何割かは、日本語を強制的に習わされていたのだからね、その父から教われば、当然我々でも喋る事くらいは出来る。ああ、今更君を責めてもどうにもならんことも分かっている。君が責任を感じる事ではない」
 そこで張は一区切りすると、テーブルの上のウーロン茶を啜った。
「君もどうかね? 福建省の最高級茶葉だ」
「あ、はい、それでは頂きます」
 腱が自分の前にある茶碗に手を伸ばすと、美しい色の液体に波紋が出来る。湯気が乱れ、香りが鼻腔を刺激した。
「君が責任を感じる事はない、これは間違いない事だが、同時に、今の日本政府も責任を感じる事はない」
 その言葉に、腱はかなり驚いた。中国政府といえば、内政干渉と言われても仕方ないほどの、日本政府の責任追及論が主流である筈だからだ。まさか、政府の要人からそんな言葉が出てくるとは思いもよらなかったのである。
「意外かね? だが、既に日本政府との間に和解が成立していたとしたら、意外には思うまい? そう、戦前から既に我々中・日は協力態勢にあったのだよ」
「なッ……!?」
 流石に腱は驚いた。それならば、あの不幸な15年に渡る泥沼の戦争は一体なんだったのか。
「あれは悲しいすれ違いだった。共通の敵に当るための主導権争いが原因でね。水面下では共に準備が出来ていた筈なのに、互いのいがみ合いから戦争にまで発展してしまった」
「……」
「50年前は不幸中の幸いか、『奴ら』の復活は妨げる事が出来た。地上が戦争だったから、それが理由なのは皮肉としか言いようがないがな。だが、最早そうも言っていられなくなって来たのだ。今、早急に手を打たねば、我々地上人は滅ぶ事にもなりかねん」
「い、一体何を……」
 言っているのか、とは続けられなかった。訊いてはいけない事を訊こうとしている、それを腱は無意識のうちに悟った。
「同志・劉、あれを」
「はい、同志・張」
 張の指示に応えて、劉が壁のスイッチを押した。すると、壁に飾ってあった巨大な絵が反転し、そこにモニターが現れた。同時に部屋が暗くなる。ご丁寧に、照明を落とす事でモニターを見易くしているらしい。そして、肝腎のモニターには、腱も良く知っている物が映っていた。
「ミステリー・サークル?」
「そうだ、では、これは知っているかね?」
 画面が切り替わり、今度はストーンサークルが現れる。更に、ナスカの地上絵。アメリカの人口衛星が捉えたと言われる、北極の穴。
「フフフ、流石に良く知っている。では、これはどうかな?」
 そこには、不気味な生き物の死体が写されていた。保存状態が良いので不快感はないが、形状の異常さに絶句した。恐竜とも言えるし、人間と蜥蜴のアイノコとも言えそうだ。
「な、なんですか、これ」
「地底恐竜人、そう言えば納得してもらえるかな?」
「地底……恐竜……人………」
 馬鹿馬鹿しい、とも思えるが、何か無視できない迫力がある。
「そうだ、彼らと我々地上人は、何千年もの間激闘を繰り広げてきた。勿論歴史には残っていない。そんな物を残す訳には行かないからな、為政者達が人民を不安に陥れる事は許されない。最後の地底恐竜人を追い払ったのは今から4000年以上前、夏の時代だ」
「それって、中国最古の……」
「ほう、良く勉強している。そうだ、伝説に残されている怪物・蚩尤とは、正に地底恐竜人の事なのだよ。信じられないだろうが、これは事実だ」
 一概に否定する事は出来ない、と腱は思った。日本にも同じような伝説や、得体の知れない場所や物があるのだ。カッパのミイラなど、それらしく思えてしまう。
 勿論、こんな突飛な話などまともに信じる気にはなれない。だからと言って、頭から否定は出来ない。少なくとも、一国の政府が本気でこんな与太話を信じているとなると、そこには何かの論拠があると思っても良い。
 腱はそう思った。
「先に見せた地上絵やストーンサークル、あれらは4000年前に奴らが地上支配の証に残したモニュメントだ。そして今、ミステリーサークルのような怪現象が起こっているが、あれは奴ら地底恐竜人の宣戦布告なのだよ」
「……」
「取り合えず信じるか信じないかは置くとして、だ。何故こんな話を君にするのか、疑問に思うだろう。率直に言おう。君に我々の秘密兵器の操縦者をやってもらいたい」
「な、なんですと!?」
 思わず腱は起ち上がった。
 しかし、張の目は冗談を言っているようにはとても見えない。
「と言うか、これは全世界でも君にしかできない事なのだよ。だからこそ、日本政府も我々に期待し、君の身柄を我々に預けたのだ」
「どういう意味ですか?」
「それは……」
 その瞬間だった。
 ドアが乱暴に開いて、慌てた様子で研究員が飛び込んで来た。早口で何かをまくし立てたが、勿論腱には分からない。だが、どうも目出度い報告でない事は、張と研究員、そして、控えていた劉の表情から読み取る事が出来る。
 張は何やら早口で指示をを飛ばし、電話を取って誰かに何かを伝えている。その様子を、腱はぼんやりと眺めていた。
 頭の中には、先ほどの「地底恐竜人」の事が渦巻いている。
 張が受話器を置くと同時に、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
 張は表情を引き締めて腱に向き直り、重々しく伝えた。
「どうやら説明している暇はなくなったようだ、腱君。たった今、日本が地底恐竜人の襲撃を受けた」


 モニターの向こう側では、謎の巨大メカによって街が破壊されている。その街は、つい先日まで自分が住んでいた国の街だ。
 無意識のうちに、腱は拳を握り締めていた。
 どうしようもない無力感と、それを凌駕する怒り。
「悔しいか、腱君。だが、君なら奴らを何とか出来るんだ」
 キッ、と音が出そうな勢いで、腱は張に向き直った。
「……どうすれば良いんですか」
 その問いに直接は答えず、張は劉にむ向かって、
「同志・劉、彼を決戦兵器壱号の所へ」
 劉が頭を下げるのを確認するより先に、張は机の引出しから、小型のイヤホンを取り出した。それを腱に差し出す。
「これを付けて、同志・劉に続きたまえ。後は私がここから指示を出そう」


 劉の背に続き、腱は廊下を走る。耳に装着したイヤホンから張の声が聞こえてくる。
「いいか腱君、我々の決戦兵器壱号は操縦者の精神の乱れに敏感だ。操縦席に乗り込んだら、すぐに深呼吸をして落ち着くんだ。それが全ての始まりだ」
「了解!」
 腱の返事と同時に、劉が立ち止まった。
「ここです。この扉を開ければ、タラップを昇って、操縦席は目の前です」
 腱は頷くと、躊躇わずに扉を開いた。時間が無いのだ、こうしているうちにも日本が少しずつ破壊されていくのだ。
 タラップを駆け上がり、操縦席と思しき小部屋に入りこむ。
 そこは何もない空間だった。モニターもないし、操縦桿もない、ただの丸い小部屋に過ぎない。
 腱は急に恐くなった。
 それはそうだ。「君なら出来る」とおだてられはしたものの、操縦なんてどうすれば良いのか、全く見当がつかない。不安が急激にせり上がって来る。
「腱君、呼吸と心拍が乱れているぞ! 落ち着くのだ」
 イヤホンから張の声が聞こえ、腱は我に返った。
「まず始めに説明するのは、操縦方法についてだ。決戦兵器壱号には、操縦系統は存在しない。あるのは君の脳波を電子解析し、正確にトレースするシステムだけだ。つまり、君は動きを頭に思い描くだけで良い。想像だけでは不安だろうから、わざと体を動かせるだけのスペースは取ってある。そうだな、君たちの国の例で言えば、Gガンダムのモビルトレースシステム、と言えば分かりやすいか」
「な、何でそんな事知ってるんスか!?」
「日本のアニメは優秀だよ、君。それは置くとしてだ。脳波をトレースするからには、パニックになって脳波を乱しては、メカの動きも乱れてしまう」
「なるほど。道理ですね」
「だから、まずは落ち着く事が肝腎だ。さあ、まずはメカを起動させるんだ。目を覚ますイメージだ、やってみたまえ」
「了解」
 短く返事をして、腱はひとつ深呼吸をし、それから目を閉じた。
 不思議なほど気分が落ち着いている。同時に、奥底には燃え上がるような感覚があった。自分がヒーローになる瞬間、それがこんな心持だとは思わなかった。
 分かる、分かるぞ、メカの全てが手に取るように分かる!
 今、自分はメカと一体化している!!
 目覚めろ、起ち上がれ。

 ヒュイイ―――――ン

 ハードディスクが回転するような軽い音がして、周囲に光が満ちた。
 腱はゆっくりと目を開ける。
 光彩が乱舞していた。目の前にモニターが現れている。漢字が高速で羅列され、メカの各部署にエネルギーが行き渡っていく様が映されている。
「これは……この姿は!」
「そうだ、腱君。君にしか操縦できない訳、それは決戦兵器壱号が……“先行者”だからなのだよ!」

 キュウウ――――――ン!!
 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!

 各部署に行き渡った電力により、急激に歯車が回転を始めた。がくん、と小さな地震のようなものが感じられた。先行者が立ち上がったのだ。
「よくやった、腱くん。後は付属のジェットスクランダーで、日本まで2分以内で到着する。衝撃は完全吸収できるから、加速による気絶の心配はないぞ」
「……と言うか、何でジェットスクランダーなんて知ってるんスか?」
「言ったろう、日本のアニメは優秀だと。さあ、次は日本まで飛ぶんだ」
「了解ッス」

 早くも日本がモニターに映っていた。2分は大袈裟だったが、5分もかかっていない。物凄い移動速度である。
「いいか腱君、先行者には特定の武器はない。その代わりと言ってはなんだが、至近にある物質を原子変換し、組替える事で無限の可能性を発揮できるのだ。言ってみれば魔法を使える、という事だ。その気になれば、ブラックホールでも作る事が可能だ」
「そ、それって無敵じゃないスか!」
「そうだ、先行者は無敵だ。だが、致命的な欠点がある。それは、結局それを“作り出す”のは操縦者の能力だという事だ。つまり、操縦者の想像力や知識、それにイメージの範疇にない物は生み出す事ができん」
「なるほど、だから俺が操縦者に選ばれた、って事ですね」
「そういう事だ、誰よりも先行者についてイメージできる、君しかおらんのだよ」
「良し、やれるだけやってみます!」
 そういうと、腱は先行者を着地させた。
「済まんが腱君、本部の無線の出力では、日本国内までは的確に電波を発信できん、これが最後の通信だ。もしも危機が迫ったら、心を無にして、先行者と語らうがいい。先行者もそれを望んでいる。では、健闘を祈る!」
「な!? ちょ、ちょっとまって……」
 ぷつ、という無情な音がして、無線はうんともすんとも言わなくなった。
「先行者と語らえって、アンタどうしろと……」
 その時だった。
 ずしん、と音がして、目の前に醜悪な巨大メカが降り立った。地底恐竜人の操るメカだ。
 どうやら、こちらの到着を嗅ぎ付けて、わざわざ迎撃に来てくれたらしい。律儀といえば律儀な態度だと言えようか。
 その形状は……“出来そこないのた○パ△ダ”である。
 モニターが切り替わり、気味の悪い、地底恐竜人の姿が映し出された。どうやら、敵のメカのパイロットらしい、直接通信を送り込んで来たのであろう。
「クックック、わざわざやられに来てくれるとはな……。礼を言うぞ、”先行者”とやら!」
 日本語であった。
「くはははは、我々地底恐竜人は、貴様ら人間の倍の知能を持っているのだ、驚くには当るまい。貴様ら人間との戦いに、屈辱的な敗北を喫して4000年……。我々は貴様らとは違う独自の文化を発展させてきた。4000年前は肉体同士の戦いだったが、今はこうして武器を操り戦うとはな。ふん、考える事は同じか、不愉快だが貴様ら人間の智恵も少しは使えるようだ。だが最後に笑うのは、地底恐竜人のエリート戦士と呼ばれるこの俺、“ヒットーマン”だがな」
「言いたい放題言ってくれるじゃねえか、オイ」
「ククク、貶されて早くも冷静さを失うか。愚かな、戦いとは冷静さを欠いた方が負けるのだ! その身で存分に思い知れィィィィ――――ッ!!」
 言うなり、出来そこないた○パ△ダが襲いかかってきた。
「うおっ!?」
 咄嗟に身体全体を動かし、敵の攻撃を避ける。しかし、避けきれずに僅かに攻撃が腕を掠った。
「ぐ!?」
 掠られた右手上腕部に痛みが走った。
「くそ、ご丁寧に感覚フィードバック機能までついているのか……」
 しかし、痛みを抑える間もなく、次々と攻撃が襲いかかる。
 蹴り、突き、引掻き。
「ぐはあっ!」
 たまらず、腱はその場から飛び下がった。出血こそないものの、腱の肉体にも確実にダメージが蓄積されている。どうやらメカの能力はあっても、操縦者の身体能力が、段違いに向こうの方が上らしい。
 このままでは拙い…。
 戦う気力はあっても技術がなければ戦えない。
(そうだ、まずは落ち着くんだ。そして……)
 腱は深呼吸をひとつして、それから体の前に手を掲げた。
 まずは地面を構成する炭素、窒素、鉄分などをイメージ、そしてそれを空中に浮かべるイメージを思い浮かべる。続けて、それが沢山の固まりになっていく様を思い描く。勿論、その固まり一つ一つは自動車くらいの大きさを持つ。
「ぬ!?」
 モニターからヒットーマンの声が聞こえた。
 更にイメージを変化させていく。塊は、それぞれドリルのような形状に変わる。
 イメージを変換していく過程で、腱は頭痛を感じていた。当然と言えば当然だ、原子を分解し、再構築するイメージなど、人間が想像できる範囲を既に超えている。更に、それをロボットを動かしながら維持するなど、脳にどれだけの負担をかけるか分からない。
 頭痛を必死に抑え、腱は目を開いた。
 目の前には、敵メカが唖然として立っている。千載一遇のチャンスだ、今なら敵は絶好の標的だ。
「喰らえ、ドリルミサイル!!」
 思い入れたっぷりに叫び、腱は尖った土塊をふっとばすイメージを叩きつける。
 瞬間、ドリルと化した凶悪な質量を持ったそれは、凄まじいスピードで空間を切り裂き、敵のメカを直撃した。
「うぐああ―――――ッ!!」
 モニターから絶叫が迸った。見事に命中したのは間違いない。派手な土煙を上げて、敵のメカは後方へ吹き飛ばされた。
「や、やったか……?」
 立ち上がるな、そのまま倒れてろ。
 だが、そんな腱の想いとは裏腹に、敵は立ち上がった。
「や……やってくれたな………この、汚らしい阿呆がァっ――――――ッ!!」
 さっきとは比べ物にならない速度で、パンダが飛びかかってきた。
 咄嗟に腱は、体の前で腕を十字に組み、防御体制に入った。
 だが、正中線は防御できても、身体の各所にダメージが蓄積されていく。防御している腕は勿論、脚、脇腹、側頭部、あらゆる場所に打撃が降り注ぐ。
「があああ……っ」
 ダメージと衝撃と痛みの三重苦だ。たまらず腱は膝を付いた。そこへ、パンダロボの強烈なヤクザキックが決まった。
「がふ……っ!」
 身体の中心部に衝撃が駆け抜け、サッカーボールのように腱と先行者は地面を転がった。殆ど致命的な打撃だ。
(た、立てねえ……もう立てねえ……。畜生……悔しいがこれまでか。俺は所詮、ここまでだったか……そりゃそうだよな、ただの学生なんだから………。ヒーローなんて柄じゃないんだよな……)
 腱の脳裏には、この数日の出来事が走馬灯のように走り去って消えていく。確かに恐かった、始めて劉と出会った時、殺されると思った。でも、話はとんでもない方にずれて行って……そして今はこのザマか。
 ……あれ?
 その前は、俺は何してたっけ?
 思い出せない。何でもない日常が全く思い出せない。
 はは、俺、なんだかんだ言って、こんな突飛な世界が気に入りかけてたのかな……。
《腱……目を覚ませ、腱》
 なんか幻聴まで聞こえてやがる……。
《倒れるのはまだ早い、我が力は、まだ少しも発揮されていないぞ、腱。お前なら我が力、存分に振るえる筈だ》
 幻聴じゃない? ならば、誰の声だ?
《我は先行者……。お前と共に戦おう》
 先行者? 先行者だって!?
 そう言えば、確かに張さんが「先行者と語らえ」って言ってたな。それじゃ、これは本当に先行者の声なのか?
《そうだ、我は先行者だ。腱よ、良く聞くが良い。お前が望むなら、我が力は無限なのだ》
「そ、それは分かっている。だけど、俺じゃ全然能力が……」
《腱よ、いくらお前のアビリティが高くとも、個人の能力では限界がある。まして相手が地底恐竜人ならば尚更だ。一人だけでは勝てぬのであれば、仲間をこそ求めよ》
「仲間? 仲間って言ったって……」
《我が力は、お前のイメージだけを具現化するに留まる。だが、そのイメージを補強するエネルギーがあれば、その可能性は無限大になる》
「エネルギー?」
《そうだ。お前と我と、共に戦う心を持った者達の精神エネルギー。それこそが我が力となるのだ。その精神エネルギーを以ってお前のイメージを補強し、我は無限の力を振おう》
「せ、精神エネルギーって言っても、そんな物どうやって集めろって言うんだ?」
《言霊だ》
「こ、ことだま? そりゃまた随分とオカルトな」
《言霊とは、想いの詰った言葉のこと。お前と共に戦う心が詰った言葉、それをこそ求めよ》
「そ、そんなもの何処に……」
《ある。現代の言霊の溢れる世界、ネットワークがな》
 ピコン、と音がして、メインモニターの横にもうひとつ、小さなモニターが現れた。その横にマウスとキーボードが現れる。見た事もないブラウザが立ちあがり、インターネットに接続される。そこは、腱が見慣れた、懐かしい世界だった。
《奴の攻撃を、我は自動防衛機構で防ぐ事が出来る。その間にお前はエネルギーを求めるのだ》
 ふと気が付くと、先ほどからパンダメカの攻撃を自動防御している。追い詰められていた腱は、それに全く気がつかなかったが。
「よ、よーし、そちらは任せた、こちらは俺が何とかするぜ!」
 とは言ったものの、そんな思いが集まるような場所が何処にあるというのか。
 ふと、天恵のように腱の脳裏に閃くものがあった。あそこだ、あそこなら、世界最大級の人口が集まる。だが、あそこに行ったとして、果たしてどれほどの人間が協力してくれるのか……。
(ええーい、もしもダメなら、その時は覚悟を決めるだけだ!)
 腱は素早くキーボードを叩き、そのアドレスを打ち込んだ。アクセスが成功し、ブラウザはサイト名を映し出した。

 2ちゃんねる

 早速腱は、ニュース速報板へ飛ぶ。
 案の定スレが乱立し、ネタ好きの2ちゃんねら達はお祭り状態であった。早くもPart4に突入しているスレタイトルもある。良くもサーバがパンクしないものだ。
 一通り板を廻ってみたが、CCさくら板を除きどの板も同じようなお祭り状態である。あの悪名高き葉鍵板ですらお祭りである。
 そして、再びニュース速報板へ。ここが一番レスポンスが良さそうだ。
 スレタイトルの一覧に、それはあった。

 【物凄い勢いで先行者を応援するスレ】

 スレが立ってから時間が浅く、まだレスは100も行っていない。
(ここだな)
 ひとつ前のレスには「先行者のパイロットって、誰よ?」と言うレスがついている。腱は素早くキーボードを叩き、レスを投稿した。

「本人ですが、何か?」

 反応は、核爆発のようだった。

「マジ!?」
「神降臨!?」
「お祭りage」
「ネタだろ?」
「そんな事より聞いてくれよ>>1よ」
「詳細キボンヌ」

 腱はすかさずトリップをつけ、本人である事を証明してから事情を語る。お祭り好きの2ちゃんねら達が応援を放棄したら、その時点でアウトだ。腱は、藁にも縋る思いで彼らの良心を期待した。
 ガン、という音がして、衝撃がコックピット内にも響く。自動防御に切り替わったので、腱の肉体にダメージはないが、その代わり衝撃と振動がモロに伝わるのだ。
 正直なところ、腱は焦っていた。頼む……。
 だが、腱の真摯な対応は、良心が欠如した、とすら言われる2ちゃんねら達の心を強く動かした。
 すかさず、物凄い勢いでレスがつく。スレタイトルに違わぬ内容である。

「ヒトーマン、逝ってよし!」
「聞いているかヒトーマンよ、回線切って首吊って市ね!」
「ヒトーマンの母でございます」
「だまれコゾウ」

 更に、ラウンジやネトヲチ板からも来る連中が溢れ、スレはあっという間にPart2へ。
 腱は心から感動していた。自分が2ちゃんねるに於いて評判があまり良くない事を知っていただけに、自分に対してこれほど温かい反応があるとは、夢にも思っていなかったのだ。「あの」2ちゃんねら達が協力して地上を救おうとしている。
 腱の身体の奥底に、再び熱く滾る物が生まれていた。
 そうだ、彼らの思いを束ね力にするのは……俺と、先行者だ!

 キュウウ―――ン

 ジェネレーターが唸りを上げ、エネルギー上昇率がグラフで表される。それは脅威的な上昇値を見せ、各部署の駆動系が悲鳴に近い音を上げ始めた。
 行ける、これなら勝てる。
「先行者、準備は整ったぜ! 今の俺達なら、誰にも負けねえぜ!」
《そうだ、今の我らは無敵だ。さあ、腱よ、お前の望むものを奴に叩きつけるのだ》
 すかさず、腱は軽い瞑想に入った。空気中の水素を一気に集合させ、高密度に圧縮していくイメージを思い浮かべる。高校時代、化学の時間で習った「核融合反応」のイメージだ。先行者の周りの空間は熱量を奪われ凍り付いていく。更に、地面に含まれた水素をも集結させ、その圧縮のために周囲の空間から熱量を奪っていく。
 今や、先行者の周りの空間は熱量を奪われ、凍り付いていた。
 空中からの熱量吸収と同時に、先行者は身体を震わせ大地のエネルギーを吸収していく。パワーゲージが見る見るうちに充填され、あっという間に満タンになる。
「な、な、なんだと……!」
 モニターが、ヒットーマンの恐怖に歪んだ表情を映し出した。だが、もう遅い。エネルギーは全て「そこ」へ流れ落ち、そこで発生する核融合反応を促進していく。
 もう、防御も回避も効かない。その強大なエネルギーが傍を通過しただけで、エネルギー乱流の負荷に耐えられず、木っ端微塵に吹き飛ぶだけだ。
「ターゲットスコープ、オープン! 電影クロスゲージ、明度20! 対ショック、対閃光防御!」

 キイイイイイイイイ――――――――――――ン!!

 鼓膜を劈くような高周波が響き渡り、空気が帯電し、雷光を放つ。地球上で、最も破壊力のある兵器が、今放たれようとしていた。
「エネルギー充填、120%! 目標、敵パンダロボ!!」
 ガコン、と音がして、先行者の動きが止まった。目標をロックオンしたのだ。もう退路は何処にも無い。
「中華キャノン、発射5秒前! 5! 4! 3! 2! 1! ゼロ!!」
 そして。
「中華キャノン、発射ァァァァッ!!」
 次の瞬間、視界は白一色になった。空一面を雷撃が駆け抜け、凄まじい熱量と爆風が周辺一帯を吹き飛ばした。
 そして、視界が戻った時、そこには何もなかった。
 ただ、地面を一直線に抉るエネルギーの跡が残っているだけだった。


「よくやった、腱君。一時はひやりとしたがな」
 張は破顔し、腱の肩を叩いて労をねぎらった。吊られて、腱も笑顔になる。
「有難うございます」
「しかし、最初からあんな大技を使えるとは思わなかったよ。正直、想像していた以上のポテンシャルだ」
「いえ…あれは、先行者と、皆に助けられたんです」
 腱はそう言って、事の経緯を話した。
「ふむ、なるほど……先行者がな。やはり、先行者は君をマスターと認めたようだ」
「はあ」
「腱君、知っていても損はないから教えてあげよう。先行者は中・日共同開発兵器なのだ」
「え?」
 さり気なく投げ付けた張の爆弾は、効果的に腱を直撃した。
「先行者の開発は、もう随分前……、そう、戦前から始まっていたのだよ。それが、お互いにとって不幸な戦争により、開発は中途で放棄されてしまった。それを改めて押し進め、互いの技術を持ち寄って作り上げた兵器こそ、先行者なのだ」
 なるほど、と腱は思った。日本政府が一枚噛んでいたのなら、腱が拉致同然でここに連れて来られた理由が分かる。要するに、腱をパイロットにする案に了解を出していた訳だ。
「先行者は中・日の親善のシンボルであり、同時に兵器でもある。正に、地上の守り神となるべき存在なのだよ。腱君、これからも……」
 ガシッ、と張は腱の手を握った。力強さと温かさ、双方がある握手だった。
「宜しく頼む」
 腱は無言で頷くと、張の手を硬く握り締めた。
 こうして、腱と先行者の戦いは幕を開けたのだ。


 だが、敵は強大な地下恐竜帝国、その第一の刺客を退けたに過ぎない!
 戦いは始まったばかりだ!
 負けるな! 腱! 
 戦え! 先行者!

 闘将! 先行者!!



 次回「闘将! 先行者!!」第2話、「正義と友情と」に乞う、ご期待!!




 嘘だけど。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 FIN 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 


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ここから戦略的撤退を行う