〜〜〜 うぇぶさいと 〜〜〜

幸・ザ・ボス



ピンポーン

 玄関先のベルが鳴った。
 私がぱたぱたと玄関まで走り、扉を開けると、そこには葉子さんがいた。

「こんにちは、お邪魔します、郁未さん」
「いらっしゃい葉子さん、構わず上がって」

 私一人しかいない家なのに、葉子さんは必要以上に礼儀正しいのか、一つ頭を下げてから靴を脱いだ。勿論、脱いだ靴をきちんと並べて置いている。私なんかにはちょっと真似できそうにないな。
 取り敢えず葉子さんを居間に案内して、テーブルの前に座ってもらう。お母さんがいなくなってから、この家は一人じゃあまりにも大きすぎたから、こうして人が尋ねてきてくれると正直嬉しい。

「ちょっと待ってて、今お茶をいれるから」

 そう言うと、葉子さんは頭を下げながら

「ありがとうございます、遠慮なく頂きます」

 そう言ってにっこりと笑った。
 ううっ、押し倒したい……じゃなくて、大人の魅力ってヤツかしらね。



 さて。
 そもそもなんで我が家に葉子さんが来るかと言うと、それを説明するためには、一度時間を昨夜にまで戻す必要があるのだった。
 という訳で、昨夜―――――――――。

プルルルル
プルルルル

 電話のベルが鳴っていた。既に部屋の明りを消し、寝る前に布団の上で一人で軽く運動する(?)態勢に入っていた私としては、この電話には苛立ちを覚える所だった。

「はい、天沢です」

 不機嫌丸出しの声で私が電話に出ると、受話器の向こうでは一瞬軽く息を呑む音が聞こえた。

「……ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」

 その声が誰だか判らないほど、私は聴力も落ちていないし、鈍感でもなかった。

「葉子さん? どうしたのよ、こんな時間に」

 隠そうと思っても不機嫌なのは隠しようもないので、ちょっと申し訳ないな、と思いながらも、私は些かぶっきらぼうに答えた。

「ごめんなさい、どうしても郁未さんにお願いしたい事があったもので……」
「私に? 何? 言ってみてよ。できる事なら協力するから」
「はい、実は私、ついこの間秋葉原に行きまして」
「秋葉原ぁ? それはまた、随分と葉子さんのイメージと違うわね」

 意表を突かれるとはこの事だった。
 只でさえ浮世離れした雰囲気を持つ上、良くも悪くも世間というものを知らない葉子さんが、あんな特別な方向に限定された人間が集う街に行くなんて。大方テレビか何かで見て、家電を安く買おうとしてたんだろうけど。

「はい、私も……その………パソコンが欲しくなりまして…………」

 葉子さんの声は消え入りそうだった。
 私の考えは大ハズレだったという訳だ。なんとまあ、「あの」葉子さんがパソコンとは。実際、葉子さん自身が自分自身のイメージとのギャップを理解しているんだろう、かなり恥ずかしそうな言い方だった。

「パソコンねぇ、何に使うつもりで買ったの?」

 この頃になると、私は既に不機嫌さなどどこかに吹っ飛んでいて、葉子さんがパソコンを買う理由に興味を示していた。

「はい………。どうしても……その………『カーマゲドン2』をやりたくて
はいっ!?

 あまりにも意外な展開に、わたしは言葉を失った。聞き間違いじゃないだろうかと、一瞬我が耳を疑ったほどだ。
 葉子さんがあの「カーマゲドン2」ですとォ?
 あの天下に鳴らした問答無用のカー・アクション、本国イギリスの議会ですらも紛糾させた問題作、アイアン・メイデンのBGMが滅茶苦茶カッコイイ、あの「カーマゲ」ですか!?
 カー・アクション・ゲームといえば聞こえはいいが、実体は完全無欠の「虐殺ゲーム」である。とてもあの葉子さんがやるのに相応しいゲームだとは思えない。そりゃあ、確かに私だって「エイセズ・ハイ」で燃えまくったクチだけどさ……。
 呆然とする私に追い討ちをかけるように。

「ですから『カーマゲドン2』です」
「……」
「………」
「…………」
「……………」
「………………」
「…………………」
「……………………冗談よね?」
「はい、冗談です」
「はぁ〜〜、良かったぁ〜〜〜〜」
ほんとは『カーマゲTDR』が欲しかったんです
同じだッッ!!
「まぁ冗談ですけどね」

 からかわれてしまった。

「本当のことを言いますと、パソコン通信というものをやってみたかったんです」
「パソコン通信、って……インターネットのことね?」

 語尾を上げたのは、あくまで確認のためである。
 葉子さんはちょっと世間ズレしている所があるので、こういう確認作業を怠る訳にはいかない。

「それです。それで、パソコンを買ったついでに契約などは終わらせたんですが……」
「何か問題でもあるの?」
「はい……。その、ホームページというものを作ってみたくて………」

 ははぁ、そういういことか、と私は一人で納得した。その手の本でも買えば簡単に作れるものだが、初めての時は、そういう媒体よりも経験者に尋ねたほうが分かりやすい事は確かだ。

「つまり、私にホームページの作り方を教えて欲しいってワケね? いいわよ、それなら明日うちにこれる?」

 ろくに確認もせずに、一気に話をそこまで持っていった。
 この件に関しては、葉子さんの用件が絶対にそれで間違っていない自信があった。

「宜しいのですか? お邪魔ではないですか?」
「大丈夫よ、明日は休みだし。それに、葉子さんも実はそのつもりだったんでしょ?」

 ちょっとからかうように言うと、葉子さんは蚊の泣くような声で「はい……」と答えた。

「それでは、明日はお土産を持って行きますね」

 こちらは気を遣われなくても構わないのだが、お邪魔するという意識が強いのか、そんな事を葉子さんは言って、電話を切った。カチャリと音がして、それから部屋の中は再び静寂に包まれた。
 私は布団の上に横になって、それから葉子さんがパソコンに向かっている姿を想像してみる。

「………」

 悪いけど似合わない。
 葉子さんには確かに理知的で文科系なイメージがあるけど、どうもモニターに向かって、猫背になってマウスを動かしてる姿がしっくり来るとは思えない。何と言うか、凄くちぐはぐな印象を与えてしまう構図だった。

「葉子さんがパソコンかぁ」

 何となく可笑しくて、くすくすと笑ってしまった。
 そうこうしているうちに、私は何時の間にか眠ってしまっていた―――――――。



 そして現在。
 台所でお湯を沸かし、コーヒーを淹れる。幸い、元々家族で住んでいた家だから、食器の類はたくさんあった。マグカップを食器棚から二つ引っ張り出して、ちょっと薄目に淹れたコーヒーを注ぐ。インスタントではなく、ちゃんとした手順を踏んで淹れたコーヒーだ。あとはミルクをソーサーに入れ、砂糖を用意し、これまた台所に無造作に置いてあったトレイの上に乗せる。ちょっとしたウェイトレスになった気分だ。どこかのゲームみたいにフリフリの制服でも着たら、意外と似合うかもしれない。自分で言うのも思いっきりアレな話だけど、私は結構美少女なほうだと思うしね。
 それはともかく、ここ暫くの間、誰かのためにコーヒーを淹れるなんてことはしなかったから、こういう作業がやたらと楽しく感じてしまう。気がつけば、何時の間にか鼻歌を歌っていたことに気がついた。それだけでも、葉子さんに来てもらって良かったと思う。
 お茶を持っていくと、葉子さんは手提げから2枚のCD−ROMを取り出した。それを私のほうに差し出す。

「お約束のお土産です」
「あ、ありがとう。で、これは何?」
カーマゲの2とTDRです
両方とも買ったんかいッッ!!

 しかも違法コピーだっつーの!!
 おまけに両方とも既に持ってるってば!!
 勿論、私はそれを受け取らなかったうえ、証拠隠滅のために捨てさせたのは言うまでもない☆



 さて、実際にサイトを作るとは言っても、どんなサイトを作るかという問題がある。カッコつけで言っている訳ではなく、実際サイトのデザインとかそんな物は、作りたい方向性によって大体決まってくる。それを本人が把握して作ったサイトとそうではないサイトでは、全然違ったものになる。
 葉子さん本人は、どんな風に考えているだろうか。

「葉子さんはどういうサイトを作りたいの?」
「と、言われましても……」
「ごめんごめん、ちょっと漠然とし過ぎてたわね。それじゃ、一番扱いたいものは何? 例えば小説とか、画とかあるでしょ?」

 私がそう訊ねると、葉子さんはちょっと首を捻って考える仕草をした。
 はっきり言って、同姓の私から見てもその仕草は可愛い。まぁ、私はそのあたりの線引きが曖昧なのであてにならないかも……って、そんな事はどうでもいいんだってば。

「そうですね、私としてはやはりゲームのことを扱いたいかと」
「そう、ゲームね」

 葉子さん、由依と顔を合わせてからというもの、完全にゲームの虜になってしまっている。よほどFARGO施設内であげた携帯用ゲームが気に入ったらしく、FARGOと縁が切れた今は、すっかりゲームが好きになってしまったようだ。
 遅まきながらも、葉子さんは葉子さんなりに平凡で平和な生活を謳歌している訳である。尤も、カーマゲドン2なんてものが平凡で平和かと言えば、甚だ疑問ではあるが

「取り敢えず、実際に見てみる方が参考にはなると思うわ。ホームページ製作ツールは使い方分かるわよね?」
「はい、一通り、本を読んだお陰で覚えました」
「オッケー。それじゃやっぱり必要なのは、実際にどんなデザインにするかとか、機能の効果的な使い方とかね」

 私は取り敢えずパソコンを起動し、インターネットに繋いだ。因みに環境はADSL8MBの高速環境である。定額料金で速いというのは、インターネットを使用する上では完全なるメリットだ。

「参考にはならないと思うけど、私のサイト、見てみる?」
「はい、お願いします」

 葉子さんは凄く真剣な瞳だ。こういう何気ないことでも一生懸命になれるのは、やっぱり今までFARGOという特別な世界しか知らなかったからなんだろう。それが幸せな事なのかどうか、正直私にはわからない。
 でも、はっきりと言える事は、葉子さんは失った時間を取り戻す事に一生懸命だという事だ。
 私がブラウザを立ち上げると、画面には私のサイトが現れる。私のPCでは、当然のことながら私のサイトがホームページのアドレスになって登録されているのだ。

「凄くシンプルですね」
「そうね。私の場合、あんまりごちゃごちゃしてるのは好きじゃないし、画像とかを置きすぎて重くなるのも嫌だからね。それに、基本的にはテキストがメインだから、シンプル・イズ・ベストで作ったのよ」
「そうですね、デザイン的にも、左右に文字を振る以外は凄くストレートな作りですよね」

 基本的にシンプルを目指した私のサイトからは、あまり得られるものはない筈である。何故なら、私のサイトデザインのコンセプトは「誰でもできるデザイン」というものだからだ。
 そういう意味で言えば、逆に参考になる所もあるのかな?

「強いて言えば、画像は使わないってところがポイントかもしれないわね」
「なるほど、参考になります。ところで郁未さん」
「はい?」
18禁コンテンツは無いのですか?
んなモンないわよっ!

 私はそれだけ言ってから他にいいサイトがないかを探そうと思い、そこで不意に手を止めた。葉子さんとサイトの話をしていて急に思い出したのだが、そう言えば晴香もつい最近サイトを開いたとか言っていた。
 URLは、以前貰ったメールの方に載っている。

「どうする? 見てみる?」
「そうですね、参考までに見せて頂きたいです」

 相変わらず丁寧な葉子さんの物言いに苦笑しつつ、私は晴香のサイトのURLをブラウザに入力し、開いた。そして、その行動を取った事を一瞬後悔したと言うか、激しく後悔した、晴香には申し訳ないけど。

「…………郁未さん、目が痛いのですが」
「ごめん葉子さん、私は頭が痛いわ」

 何と言うか、電波と言うか痛いと言うか。正直言って、晴香にこういう一面があったとは信じたくないのだが、しかし本人直筆のメールに記載されていたURLなのだから、疑う余地はなさそうだ。
 自然とこめかみを抑えてしまう自分を、私は全力で弁護したいと思う。

「何と言うか、これを見ていると自分がナチュラル・ボーン・キラーだったような錯覚を覚えま
ある意味でキラーコンテンツと言えるわね
流石にこれを参考に出来るほど私には捨てる物が少なくはないと思います。と言うか出来ることならこれは消去したいです

 とても友人のサイトに向けているとは思えない言葉だが、こればかりは仕方がないと思う。

「まぁ、反面教師としてなら見るべき点もあるわ。例えばこの背景画像とフォントカラー(文字色)の被り方。背景が薄い色なのに、そこに薄いフォントカラーを乗せているから、文字が読めないでしょ?」
「はい、全然読めませんね、読みたくありませんが

 さり気なく毒を吐く葉子さん。
 悪いけど晴香、今回ばかりは全面的に葉子さんに賛成だわ。

「それから、このマーキー(流し文字)のウザさも問題ね。尤も、ポイントさえ絞ればマーキーを使う事自体は問題ないんだけどさ。こうもたくさん流されると、読む気が失せてくるでしょ。まぁでも、マーキーに関してはこれ以上に酷いサイトは結構あるわね」
「そうなんですか?」
「ええ、残念だけど。それと、この頻繁なフォントカラーの変更も良くないわね。『めにゅ〜〜♪』に至っては一文字ごとに変わってるじゃない、こんなの、目が疲れるだけでいい事は何もないわ」
「ええ、凄く参考になりますね」

 皮肉たっぷりに葉子さんが言う。
 まぁ、晴香の特殊な趣味自体には文句をつける気はないし、運営方針にも文句を言おうとは思わないけど、残念ながらここは二度と行かないでしょうね。別にお兄さんと仲良くしようがラブラブだろうが、或いは禁断の恋だろうがそれは別に構わないけど、このサイトには、また見に来ようという気力をなくさせるものがある。

「……まあいいわ。次に行きましょう、っと、そういえば由依もサイトを開いたとか言ってたっけ」

 我ながら物覚えが悪い事だ。早速、以前由依から貰ったメールを探し、記載されているURLをクリックした

「これはまた……なんともはや………」
凄まじい負の情念が漂ってくるサイトですね」

 黒と白と黄色という、非常にシンプルな配色。
 しかし、それが却って強烈なまでのオーラを放っている。表現が適切ではない事は承知で言うけど、初期の中嶋みゆきの曲を彷彿とさせるものがあった。見ていて思わず身震いしてしまう。間違いない、このサイトは見る人間を選ぶサイトだ。

食中りしそうなサイトだわ。背景画像の選択といい、それがウォーターマーク(背景画像固定)になってることといい、意図してかそうでないかは置くとしても、このサイトでは一般読者を拒否してるわね」
「はい、晴香さんのサイトとは別の意味で、あまり近寄りたくないですね
「でもまあ、この場合はある程度は理に適ってるとは言えるわ。このサイトの場合、あくまでもトラウマを抱えた人たち向けのサイトであって、一般読者にアピールする事は目的としてないもの」
「それはそうですね。目的との兼ね合いを考えると、必ずしも間違った方向性とは言えないと思います」

 実際、由依の目指している方向性は、トラウマを抱えてしまった人たちだけでサイトを運営していくという事だろう。そういう意味で言うならば、サイトが読者を選ぶという方向は間違っていない。
 しかし、しかしである。
 ここにも二人、立派に重度のトラウマを抱えた人間がいるのを失念してはいけないのだ。実際、私も葉子さんもFARGOではA−Classにいたほどの人材(?)なのだから、抱えているトラウマの重さには自信(??)がある。その二人が、このサイトを見て揃って「ここは恐い」という思いを抱いているのは、流石に問題だと思う。
 この場合、由依の運営方針は悪くないとしても、デザインとか文章とかが重すぎて、読者にプレッシャーを与えているのだと思う。

「でも、作成ツールの機能の使い方としては、オーソドックスな使い方はしてるわね。表を作ってコンテンツを纏めて見やすくしようとしてる所とかは、見習ってもいいかもしれない。尤も、もうちょっと綺麗に纏める事ができるとは思うけど」
「それから、このウォーターマークも使い方によっては面白そうですね」
「そうね、変わった演出は期待できるかも。それじゃあ、ちょっと変わったところに行ってみましょうか」

 そう言うと、私は「お気に入り」から、この間知り合った娘のサイトを開いた

「今度はフレームですね」
「私のところとは違った意味で、ここも凄くシンプルな作りよ。フレームを使うなら、こういう『ちゆ型』がいいと思うわ」
「ちゆ型?」
「そう、1年ほど前にできた『バーチャルネットアイドル・ちゆ12歳」っていうサイトのデザイン。尤も、ちゆ以前からこういうシンプルなフレームを使ったサイトはいくらでもあったけどね。それに、正確には『ちゆ型』って言うのは、サイトのデザインその物を言うのであって、本来はフレームとは関係ないし」
「つまり、『ちゆ型』とは、ちゆ12歳の真似をしたサイトデザインの事と捉えて宜しいのですか?」
「そうね、そういう事。フレーム一つ使っただけのサイトは、別にちゆ型とは言わないわね、さっきそう言ったのは、あくまでも便宜上の言い方よ」

 フレームでサイトを区切って、コンテンツを表示するスペースを分離する。シンプルではあるが分かりやすく、また、メニューが常に表示されている状態になるので、読者は戻ったりクリックしたりする手間が省ける。見たいコンテンツをワンクリックで表示できるというのは、かなり機能的に優れた点だと言える。
 一方で、フレームに凝りすぎたサイトは見にくくて仕方がない。
 このあたりの折り合いをどうつけるか、それがサイト製作者としての腕の見せ所になるだろう。
 因みに、さっきの葉子さんとの会話で出ていた「ちゆ型」だが、これは大体の場合、ちゆ12歳のサイトデザインを完全に真似て作られたVNI(バーチャル・ネット・アイドルの略)に適用される言葉である。一般的には、フレームで左右に区切られただけのサイトには適用されない言葉だ。

「こういうフレームで区切ったデザインの場合は、左右のページの配色とかに気をつけてね。でないと、読者にバラバラな印象を与えちゃうから」
「了解です。ところで郁未さん」
「なに?」
「この方とはどちらでお知り合いになられたのですか?」
「ああ、ちょっと学校の食堂でね」
「一つ訊ねて宜しいでしょうか?」
「なに?」
「この方、ケモノ臭くありませんでした?」

 前々から思ってたんだけど、葉子さんはかなり容赦が無いと思う。確かにこの娘は猫が好きな娘だけど、ケモノ臭いなんて表現はしなくてもいいだろうと思うんだけど。

「ケモノ臭くなんて無かったけど……。どちらかと言うと牛乳っぽかったわね」
「そうですか…………」
「それじゃ、次のサイトに行くわよ」

 そう言って、いつもお世話になっているご近所さんのサイトを開いた。年齢はちょっと離れているが、お母さんがいなくなってから、私に何かと良くしてくれている人のサイトだ。尤も、実を言うとちょっと得体が知れない所がある人だけどね。正直言って、まともに不可視の力で戦っても勝てないような気がするというのは、私だけの秘密だったりする。

「主婦の方のサイトですか」
「そうよ。このサイトもかなりシンプルにできてるわね」
「ちょっと見にくい所がありますね」
「まあ、ジェネレーションギャップもあるし、ある程度は仕方ないと思う。このくらいは妥協してもいいと思うな」

 ちょっと身内に対する贔屓みたいだけど、実際このくらいのデザインなら、私は充分見れる。

「ここで注目して欲しいのは、このリンクの所ね」
「なるほど、リンク先サイトの説明が書いてありますね」
「それよ、正解。こうやってリンク先の簡単な内容とか説明があると、飛ぶ方も比較的安心できたりするわね」
「管理者の名前が記してあるのも分かりやすいですね」
「そうね、意外と気がつかないものだけど」

 実際、サイトに出入りしている人で、掲示板の常連客のURLが分からないなんてことは良くある話だ。そういう時、リンク先のサイトの管理者の名前が判ると、便利である事は間違いない。

「まあ、管理者だけ別項目にする事も無いと思うけどね」
「要は分かればいいだけですね」
「そうなるわね」
それにしても、このリンク先のサイト名、なんとなりませんか

 言われて私も苦笑した。と言うか、サイト名だけで「絶対行きたくない」と思わせるか、逆に「こりゃ一生入り浸るな」って思わせるところばかりである。勿論私は後者……じゃなくて前者である。
 そうよ、絶対に前者よ。

「と言うか、このハンドルネームなんか完全に病んでると思う私のほうが異常ですか?」

 そう言って、葉子さんは「サユリス」というハンドルネームを指差した。つーかこのサイトの名前もどっか逝っちゃってるわね、確かに
 でも、私としては、実は一番気になっているのがサイトの紹介文だったりする。

「まあいいわ、次に行きましょう、次」

 触らぬ神に祟り無しである。
 今度は、夏の間に知り合った同い年の女の子のサイトである。ちょっとおかしな娘なんだけど、根はとてもいい娘で、しかも可愛くて食べごろ……じゃないってば、いい感じに友達になれそうだと思わせる娘だ。
 このサイトは、URLが手書きのメモに書かれている。知り合ったあと、メモに書いて渡してくれたのだ。

「あ、画像が出てますね」
「著者近影で、イラストを載せるオーソドックスな方法ね」

 この系統のサイトでイラストとは珍しいけど、一つの例にはなったと思う。

「ここもシンプルですね、フォントカラーも弄ってませんし、背景色も変えてませんし」
「そうね、サイトの運営する方向が、あまりデザインに凝る必要が無いからだと思うけどね」

 実際、こういう情報系のサイトでは、あまりデザインに凝っても意味は無いと私は思う。こういうサイトの場合、デザインなんかに凝る手間暇があったら、より正確で、最新の情報を掲載していくべきなのだ。
 しかしまあ、この娘、相当な食わせものだ。
 一見してこんな理知的且つ学問的で、他人を啓蒙するようなサイトを作るような娘じゃない。どちらかと言うと、あまり上手とは言えないイラストを描いて、サイトで画日記をやっているようなタイプにしか見えない、私の錯覚で無ければ。人間、誰でも何処かに取り柄があるものである。或いは、普段見せている彼女は全然別人格か、さもなければ頭の悪い……失礼、回転があまり早くない頭を持っているフリをしているのではないだろうか。

「郁未さん、滅茶苦茶失礼な事を考えていますね」
「な、なな、な、なんで断定するのよ」
「図星でしたか……」

 睨まれてしまった。
 確かに今回は私が悪かった、反省しなくちゃ……。

「いけませんよ郁未さん、悪口は相手に聞こえるように大きな声で言うべきです」
「それは論点が違うと思う」

 反省して損した。

「あれ?」

 葉子さんが変な声をあげた。
 何かを発見したような、疑問の声だった。

「このサイト、いくらなんでも縦に長すぎませんか?」
「あれ、ホントだ。今気がついたけど、確かにスクロールバーが余ってるわね、なんだろ……」

 そこまで自分で言って、ピンと来た。やっぱりこの娘、食わせものじゃないのよ。

「葉子さん、こういう不自然な空きがあった場合、反転させてみると時々面白い事があるわよ」
「はぁ……」

 今一つ要領を得ていない葉子さん。まぁ、無理もないだろう。
 そこで、取り敢えず「全て選択」を実行してみると……ビンゴ!

「あっ! 文字が隠れてたんですね」
「そう、背景色と同じフォントカラーにしておけば見つからないからね」
「なるほど、盲点でした」
「結構頻繁に使われる手段だから、これは覚えておくと便利よ」

 早速クリックしてみると、出て来たのは……
 えっ!?
 じ、18禁!?
 ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ、あの娘私と同い年だから、自分がまだ18になってない筈なんだけど。

「はい、18歳未満の郁未さんは、あちらを向いていて下さいね」

 満面の笑みを浮かべて、葉子さんは私を椅子から追い払おうとする。

「そ、そんな理不尽な! 私のPCなのに!」
「でも郁未さんは見れませんよ、見る条件に合っているのは私だけです」
「こんなお約束事、守らなくてもいいじゃない」
「ダメです、さっきは違法コピーだからダメだって、私のお土産を捨てたじゃないですか」
「それとこれとは……」

 もみ合っていた私の体が、突然動かなくなった。まるで金縛りにあったみたいに、ピクリとも動かない。動かそうとしても、指一本動こうとしてくれない。いくらなんでも変だ、と思ったところで思い当たった。

「よ、葉子さん! 不可視の力を使ったわね!?」
「はい、聞き分けの良くない、ダダッ子の郁未さんにいうことを聞いてもらうために、ちょっぴり」
「ひ、ひきょうもの〜〜〜〜〜〜! 葉子さん! あなたの根性は畑に捨てられカビが生えて蝿もたからないカボチャみたいに腐ってるわ!」
「喚くがいいです、ほざくがいいです、罵るがいいです……。どうせ郁未さんにはそれしか出来ませんから。ここから先は大人の時間です」

 私の負け犬の遠吠えが部屋の中に木霊する中、葉子さんは至極冷静且つ冷徹な氷の微少を浮かべて言う。
 納得できずに私が吼えてるうちに、葉子さんは何処からかアイマスクを取り出し、私の目を完全に覆い隠してしまった。これでチェックメイト、完全に手詰まりになってしまった。葉子さんの策にまんまとはまった訳である。
 うう〜〜〜〜〜、悔しい悔しい!

「たかが18禁コンテンツくらいで、そんなにムキにならないで下さい」
「コンテンツが見れないのが悔しいんじゃないの! 葉子さんに一杯食わされたのが悔しいの!」
「あらまぁ、こんな事まで……」

 私を無視して、葉子さんはコンテンツに見入っているようだ。

「うう〜〜〜〜〜」

 私としては、ただただ唸り声を上げるしかない。

「きゃあ、こ、こんな過激な」
「ううう〜〜〜〜〜〜〜」
「な、なんて破廉恥な……」
「うううううううううううう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「おお、神よ、このような想像以上に壊れた少女に慈悲の心を持って接したまへ……」
「うううううううううううううううううううううううう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 み、見たいよ〜〜〜〜〜〜、見てみたいよ〜〜〜〜〜〜〜〜。
 そこで不意に気がついた。
 なんのことは無い、履歴を見れば、そんなもの簡単に見れるんだった。
 多分今の「意地悪モード」に入った葉子さんのことだ、手書きのメモは自分がゲットして、うちに帰って自分一人だけでじっくりと鑑賞するつもりだろう。そして私を悔しがらせるつもりだろうけど、そう簡単にはいかないわ。ブラウザに残っている履歴を辿れば、一度見たURLなんて簡単に行き付くんだからね。残念だったわね、葉子さん。

「忘れる所でした、履歴はクリアしておかないといけませんね
「…………………………………………………………………………………おに」

 私の希望はこれ以上無いほどあっさりと潰えた。



 殆ど血の涙を流している私をあとに、葉子さんは鼻歌でも歌いそうなほど爽やかな笑顔を浮かべて帰っていった。それはもぉ、FARGOから出て行く時のCGみたいに、すっごくスッキリとした笑顔で
 しかし、私はそう簡単には諦めない人間なのだ。行動力には自信がある。
 早速検索をかけて、鬼のような苦労の末に漸くURLを見つけ、今度こそ情報をなくさないようにお気に入りにも登録。
 そして、早速18禁コンテンツに突入すると…………。

 そこには「カーマゲドン2のスペシャルコンボシーン画像」がこれでもかとばかりに並んでいた

なんだそりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!

 私の叫びは夜中の街に響き渡り、ご近所中に聞かれましたとさ。

ドッペル:「……なにをしてるの、あなたは(←呆れ顔で)」



※後日談

 あれから数日後、葉子さんから「サイトを開いた」というメールが来た。
 URLに飛んでみたら、まだまだだけど、一生懸命作ったんだろうな、というサイトが置いてあった
 葉子さん、楽しみながら頑張って。
 モニターを眺めながら、思わずにっこりと笑った私だった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 FIN〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


後書きを読む

ここから戦略的撤退を行う